白馬を降りた戴冠行列
戴冠記念行列のため、エルシェには白い軍馬が用意された。
彼女は幼い頃、馬車事故で脚を折って以来、馬の背が怖い。だが皇帝ラグナードの婚約者候補として、弱みを見せるなと言われていた。
鞍へ足を掛けた瞬間、膝が震えた。
ラグナードが手綱を奪う。
「乗らない」
式典官が慌てた。
「しかし陛下、皇妃候補は騎乗して城門を」
「彼女は馬が怖い」
以前、牧場で一歩だけ後ずさった。それだけで皇帝は気づいていた。
「馬車にするか」と彼が聞く。
「閉じた馬車も苦手です」
「歩くか」
エルシェは沿道の距離を思い、迷った。
「途中までなら」
「疲れたら止める」
諸国を恐怖で従えた皇帝が、彼女の靴底を確かめ、石畳用の柔らかな靴へ履き替えさせた。自分も馬を降りる。
行列が始まると、貴族たちは不満を隠さなかった。
「皇帝が女の歩幅に合わせるなど」
ラグナードが一度振り向くだけで、全員が黙る。
中央門の手前で、エルシェの脚が痛み始めた。
「休みたいです」
「止まれ」
全隊が即座に停止した。式典官が青ざめる。
「ここで止まれば、吉刻を逃します。陛下がお抱きになって門を越えれば――」
「抱かれたくありません」
エルシェが言うと、皇帝は即答した。
「触れない」
「では行列が」
ラグナードは沿道の市民へ向き直った。
「本日の行列はここまでだ」
驚きの声が上がる。城門の向こうには、婚約宣言の祭壇が待っていた。
「婚約式まで中止なさるのですか」
「彼女はそこまで行くと決めていない」
皇帝はエルシェが座れるよう、自分の儀礼用外套を石段へ敷いた。
そして全軍へ告げる。
休憩のために運ばれた椅子は高く、エルシェの足が浮いた。ラグナードは近くの露店から低い木箱を借り、上へ布を敷く。
「こちらのほうが楽です」
彼は頷くだけで、見栄えの悪さを気にしなかった。水を差し出すときも、飲ませようとはせず隣へ置く。彼女がもう一歩進めるか決めるまで、皇帝も軍も黙って待った。
「行列は人を運ぶためにある。人を予定へ縛るためではない。エルシェが『ここまで』と言った場所を、本日の終点とする」