百万の鉄蜂を巣箱へ
養蜂家グレッタは、戦場へ蜂箱を持ち込んだことで笑われた。
王国軍が求めるのは剣と火球だ。蜜蝋で傷口を塞ぎ、蜂蜜を負傷兵へ配っても、将軍は「虫飼いの慰め」と功績に数えなかった。敵帝国が空を黒く染める兵器を出すまでは。
グレッタの技能は、分蜂の季節にしか使えないと思われていた。
【一群帰巣:女王を含む一つの群れを、指定した空の巣箱へ帰す。群れの数と現在地は問わない】
敵の《鉄蜂軍》は百万匹。針一本が鎧を貫き、殺された兵の魔力を吸って増える。魔術師が炎を放てば散って避け、盾壁の隙間から目と喉を狙った。
兵たちは城門へ殺到した。将軍は平民街の門を閉じ、貴族区だけ守れと命じる。
グレッタは空を見ず、敵帝の浮遊玉座を見た。鉄蜂の動きは、帝が頭を傾けるたび変わる。黄金の冠の中央で、小さな翡翠の虫が腹を震わせていた。
あれが女王だった。
彼女は城壁上の古い焼却炉へ、空の蜂箱を一つ置いた。内側には蜜も巣板もない。ただ鉄を溶かす白炎だけが燃えている。
「群れなら、戦場ではなく巣へ帰りなさい」
技能を使う。
敵帝の冠が弾け、翡翠の女王が一直線に蜂箱へ飛んだ。百万の鉄蜂が同時に方向を変える。兵士も民家も無視し、巨大な黒い川となって女王の後を追った。
敵帝は命令杖を振り回したが、帰巣する群れは止まらない。最後の一匹まで箱へ入った瞬間、グレッタは蓋を閉じた。
焼却炉の炎が箱を包み、鉄蜂は溶けて一塊の銀になる。城下へ落ちたのは、温かな蜜の香りだけだった。
女王を失った浮遊玉座は傾き、敵帝は自軍の前へ尻から落ちた。将軍は閉じた門の鍵を隠そうとしたが、平民街の兵が先に拾っていた。
溶けた銀は将軍の勲章にはならなかった。鍛冶組合が受け取り、壊された平民街の屋根と農具へ作り替えると宣言したからだ。門を閉ざした将軍は鍵と指揮権を失い、グレッタの蜂箱を笑った兵たちは、今度は負傷者へ配る蜜壺を自分で運んだ。
《職業が【養蜂家】から【万群帰巣后】へ書き換わりました》