目的地のない海沿い
島根木諒が尾上珠里を車へ乗せたのは、土曜の午後二時だった。
「どこ行く?」
「海の方」
「海のどこ」
「海が見えたら、その先で考える」
幼馴染との外出は、だいたいこんなふうに始まる。
高速道路へは乗らず、町の外れを抜ける県道を走った。
珠里は助手席で、コンビニのカフェラテを少しずつ飲んだ。諒のカップはホルダーに置いたまま、氷が鳴っている。
「新しい会社、どう?」
「椅子がいい」
「仕事内容」
「まだ分からない。椅子は本当にいい」
「じゃあ成功」
「基準が低い」
海が見えると、二人は小さな駐車場へ入った。
観光地でもなく、釣り人が二人いるだけの防波堤だった。
車の窓を少し開ける。潮の匂いと、遠くのエンジン音が入ってくる。
「降りる?」
「風強そう」
「じゃあここで」
二人はシートを倒した。
話題は、珠里の部屋のカーテンが長すぎること、諒の父が最近ぬか漬けを始めたこと、小学生の頃に海でなくした青いサンダルのことへ移った。
「片方だけ流れていった」
「追いかけて、私まで転んだ」
「サンダルより珠里を助けた俺、英雄」
「膝までの深さで?」
「英雄の規模は問わない」
沈黙になると、波が代わりに話した。
諒は最近、職場を変えた理由を詳しく誰にも話していない。珠里も訊かなかった。ただ、カップホルダーの氷が溶けるころ、「椅子以外も、そのうち合うといいね」と言った。
「合わなかったら?」
「また海の方へ走ればいい」
「解決になってない」
「海は解決しないよ。広いだけ」
諒は少し笑った。
夕方、二人は車を降りた。
防波堤の端まで歩き、売店で買った小さな揚げかまぼこを半分ずつ食べる。生姜の香りと塩気が、冷たい潮風によく合った。
夕日は雲へ隠れ、期待したような景色にはならなかった。
「映えないね」
「誰に見せるの」
「誰にも」
「なら十分」
帰り道、珠里は眠り、諒は音楽を小さくした。
車内にはカフェラテの甘い匂いと、揚げかまぼこの生姜が残っている。
目的地のなかった午後は、何も決めずに戻る道まで含めて、きちんと二人の休日になっていた。