眠る火山の配当日
オルガが火口の家へ移った日、村人は三日で逃げ帰ると思っていた。
そこは百年前の噴火で捨てられた紅玉鉱山だった。坑道は熱く、硫黄臭く、人間がつるはしを振る場所ではない。けれど今、奥で働いているのは炎蜥蜴たちだ。熱を食べながら岩を掘り、火紅石だけを口にくわえて、冷却槽へ落とす。冷えた石は夜明けに転送箱が回収する。
オルガは蜥蜴の水皿を満たすだけで、採掘にも選別にも立ち会わない。
蜥蜴が眠れば鉱石も増えない。だから彼女は起こさなかった。納期を守るため生き物まで酷使した製錬所とは違い、この山では休息も仕組みの一部だった。
製錬所にいた頃は反対だった。熱炉係の革服は、胸元が焦げ、袖は汗と煤で板のように固まっている。休憩札を裏返す暇さえなく、夜勤明けの通信器には次の緊急出勤が届いた。退職後も未読は増え続け、いまでは数字が表示枠からはみ出していた。
オルガは通信器を鍋敷きにして、温泉卵を作っていた。
火口の会計石が赤く光る。
《火紅石五個、競売成立。温泉宿換算、二十泊分を入金》
宿へ泊まる必要はない。家の裏から、もっと湯加減のよい温泉が湧いている。それでも通知を見ると、胸の奥に残っていた夜勤の鐘が少し遠のいた。
鍋敷きの通信器が震え、卵が一つ転がった。元工場長ムルドからだった。
『第二炉が冷えかけている! お前なら火勢を戻せる。すぐ来い。危険手当も付ける』
「行きません」
オルガは殻をむきながら答えた。
『炉が止まれば町中が困るぞ』
「一人辞めただけで止まる炉を、町のためだと言って回していたんですか」
『責任感はないのか』
「あります。だから、自分を二度と炉へ放り込みません」
元工場長が何か叫ぶ前に、通信器を切った。ついでに緊急呼出しの魔石を抜き、温泉の縁へ置く。赤い光は湯気の中で消えた。
炎蜥蜴たちは今日の採掘を終え、温かな岩の上で腹を見せている。
オルガも外套を脱ぎ、肩まで湯へ沈んだ。卵を一口かじり、火口を渡る風に息を吐く。
今夜、炉の番をする者はいない。少なくとも、彼女ではなかった。