砂の国に冷たい中華

 砂漠商人ハザムは、氷の載った麺を警戒した。

 異界市場の夏祭りで渡された皿には、冷たい中華麺、胡瓜、薄焼き卵、ハム、紅生姜が色よく並んでいる。中央には透明な氷が一つ、からりと鳴った。

「冷えた食事は、腹を弱らせる」

「今日は三十八度です」

「我が国なら、まだ朝の気温だ」

 言いながらも、首筋には汗が流れていた。

 ハザムは朝から露店で絨毯を売り、値切る客と一息も休まず話してきた。売上は悪くない。それでも隣の店が一枚多く売るたび、胸の中の算盤が勝手に動いた。昼食を取る時間も惜しく、香辛料水だけでごまかしていた。

 箸の使い方を教わり、麺を少し持ち上げる。酸味のある醤油だれが絡み、胡麻油の香りが立った。口へ入れると、冷たさが舌から頬へ広がり、酢の刺激で目が覚める。胡瓜はぱりぱり、卵は甘く、ハムの塩気が麺をもう一口呼んだ。

「冷たいのに、味が眠っていない」

「暑い日に起こしてくれる料理です」

 辛子を少し溶くと、鼻の奥がつんとして、ハザムは盛大にむせた。向かいの屋台主が水を渡し、二人で笑う。

「商売人が、客の前で隙を見せた」

「今は客でしょう」

 その言葉に、ハザムは初めて周囲を見た。祭りの提灯、風に揺れる紙の飾り、氷を削る音。自分の店から離れても、市場はちゃんと続いている。

「一刻休めば、三枚売り損ねるかもしれぬ」

「一刻休めば、明日また声が出ます」

 皿の底には、氷が溶けた薄い汁が残った。ハザムはそれまで飲み干し、胸元の留め具を一つ緩めた。

 露店へ戻る前、〈本日、日没より前に閉店〉と札を書いた。故郷の弟子へ見せたら驚くだろう。だが今夜は、売上を数えず宿の湯へ入るつもりだった。

 店じまいを告げると、弟子たちは驚いたあと、誰からともなく拍手した。ハザムは照れ隠しに、残った氷を皆の水差しへ分けた。

 祭りの風が、首筋の汗を静かに乾かした。

 歩き出すと、口の中には酢と胡麻油の涼しい香りが残っていた。背中を押すのではなく、熱くなった足をそっと止めてくれる味だった。