砂肝は塩だけ
鳴海慎之介が二年ぶりにカウンターへ座ると、店主は冷蔵庫から砂肝を出した。
「レモンも胡椒もなし。塩だけでいいんだろ」
動画制作を始めたころ、慎之介は編集相手とこの店へ通っていた。二人とも金がなく、一皿を頼んで、どちらが硬い部分を多く食べたかで笑った。相手が町を離れてから、慎之介も来なくなった。
鉄板へ砂肝が落ちると、乾いた音が小刻みに続いた。表面の水分が飛び、焼けた脂と塩の匂いが立つ。切れ目の開いた一片を噛むと、こり、と強く歯を返し、熱が奥からにじんだ。
昨日、慎之介が公開した短い映像が急に拡散された。夜の高架下を人影が逆向きに歩く、三十秒の作品だ。再生数は一日で百万を超え、広告会社から連絡も来た。
その映像の基になった試作は、以前の相手が撮ったものだった。構図も動きも慎之介が作り直した。だが、最初の発想とロケ地を見つけたのは相手だ。
〈せめて名前は入れてほしかった〉
昼に届いたメッセージを、慎之介は開いたまま返していない。今さら共同制作と書けば、売名だと騒がれるかもしれない。収益を分ければ、自分の作品ではないと認めるようにも見える。
試作映像を撮った夜、相手は寒さで手を震わせながら、通過する電車を十二本待った。慎之介はその素材を何度も切り直し、自分の作品へ変えたつもりだった。だが、元のファイル名には今も相手のイニシャルが残っている。
店主が焼き上がりを見て言った。
「余計なの、かけないほうが好きだったな」
慎之介は頷いた。塩だけだと、硬さも内臓のわずかな苦みも、そのまま来る。
スマートフォンで動画の説明欄を開き、共同着想者として相手の名前を追記した。さらに明日の午前、収益の分け方を話したいと送る。割合はまだ決めていない。相手が納得するかも分からない。公開後に言い出した卑怯さは残る。
それでも、再生数が落ちるまで黙るのはやめた。
最後の砂肝を噛むと、最初より冷めて硬かった。塩の粒が舌の端で溶け、飾らない苦みだけが、しばらく口の中に残った。