祖父のラジオ体操
夏休み、莉世は祖父の善紀と毎朝ラジオ体操をする。
善紀は六時二十分に庭へ出て、携帯ラジオのアンテナを伸ばす。放送が始まるまで、二人で蚊を追う。
莉世は動きをほとんど覚えていない。腕を回す向きも、跳ぶ回数も祖父を見て合わせる。
「じいちゃん、そこ違うよ」
「何十年もこれでやってる」
善紀の体操は少し独自だった。膝を深く曲げず、腕も肩までしか上がらない。
盆前、善紀が風邪を引いた。熱はないが、朝は休むという。
莉世は一人で庭へ出た。ラジオをつけても、どこへ置けばよいか分からない。いつもの石の上へ載せると、音がよく通った。
体操を始める。祖父がいないと、動きの順番が曖昧だ。結局、善紀の少し違う動きをそのまま真似した。
縁側の窓が開き、善紀が寝巻のまま見ている。
「そこ違うぞ」
「じいちゃんと同じ」
二人で笑った。
数日後、善紀は庭へ戻った。跳ぶ運動だけは休み、莉世が代わりに大きく跳ぶ。
夏休みの終わり、学校の全校体操で、莉世は自分の腕が周りと逆だと気づいた。直そうとして、やめた。
九月になっても、休日には祖父の家へ行った。庭の朝顔は種になり、蚊取り線香の匂いも薄くなる。
ラジオから聞こえるピアノに合わせ、二人の少し違う体操が始まる。朝露の冷たい芝を踏むたび、夏の温度が足の裏へ戻った。
翌年の夏、莉世は放送の動きを正しく覚えていた。それでも祖父の庭では、善紀のやり方へ戻る。腕は肩まで、膝は浅く。新しく参加した近所の子が「違う」と言うと、二人で「ここではこれ」と答えた。体操後、縁側で冷たい麦茶を飲む。ラジオの金属は朝日に温まり、蚊取り線香は細い灰になっていた。善紀が休む日には莉世が石の上へラジオを置く。庭のピアノ曲は、誰の動きが正しいかではなく、今日も二人が起きたことを知らせていた。
冬、庭に霜が降りても二人は第一だけ続けた。終わると善紀が温かい甘酒を出す。冷えた指で缶を包むと、米の香りの中に夏の蚊取り線香が微かに戻った。