祖父の一票で終電が消えた

有働善季は出勤前、死んだ祖父・宗近へ天気を尋ねる。

『傘はいらん。膝が痛まんから晴れる』

人格に膝はない。それでも予報より当たる日があり、善季は毎朝聞いていた。

市の住民投票では、毎日応答している死者人格にも一票が認められる。維持費を払う家族が代理するのではない。死者自身が画面で選ぶ。生前の意思を地域に残すための制度だった。

その日の議題は、深夜バスの存廃だった。

看護師の妹・澪里は、その最終便で帰ってくる。廃止されれば、病院から家まで一時間半歩くことになる。

善季は存続を選んだ。続いて宗近の画面が開く。

『廃止』

「じいちゃん、澪里が使ってる」

『夜中に女が出歩くな』

「仕事だよ。じいちゃんが入院した時も、あいつみたいな看護師が診てくれたろ」

人格は、病床で世話になった記録を持たない。退院後に更新する前に宗近は死んだ。残っているのは、夜道は危険だと孫娘を叱った会話ばかりだった。

『危ないからこそ、廃止だ』

投票ボタンが確定する。宗近の画面には、投票理由を家族へ共有する欄があり、《孫娘の身の安全》と入力されていた。その文章だけを読めば、善意にしか見えなかった。

善季は維持契約を切ろうとした。今止めれば祖父の票は無効になる。しかし死者人格を投票期間中に停止すると、管理者である善季の票も利益誘導として無効になる規則だった。

画面の祖父が言う。

『お前たちを守ってるんだ』

開票通知は午前零時に届いた。

《廃止 四万八千二百十一票》

《存続 四万八千二百十票》

差は一票だった。市の広報は、死者票を含む結果を《世代を越えた民意》と祝った。

同時に澪里からメッセージが来た。

『今日から夜勤、断る。契約を切られるかも』

善季は祖父の画面を閉じた。だが数秒後、宗近から定時の服薬確認が届く。

『澪里はもう帰ったか』

善季は返信しなかった。

翌月、妹の失職通知と、祖父人格の維持費請求が同じ日に届いた。請求欄には《家族の安全を支えるサービス》と書かれていた。