穴あき銅貨は借金を払う
工房の扉に、差押えの赤紙が貼られた。
革職人ヨエルの父が借りたのは銀貨十枚。それを返す前に亡くなり、金貸しは「遅延料と管理料」を重ねて金貨三百枚にした。今日払えなければ工房も道具も、住み込みの弟子たちまで債務奉公へ売られる。
広場で契約書が読み上げられる中、ヨエルは一度だけ回した初心者ガチャの品を卓上へ置いた。
穴のあいた、緑青だらけの銅貨だった。
【N:古い穴あき銅貨】
【正しい代金を支払うときに使えます】
金貸しのマグナスは腹を抱えて笑った。
「銅貨一枚で金貨三百枚を払う気か?」
「いいえ。銅貨一枚で足りるものだけを払います」
ヨエルは契約書の上へ銅貨を落とした。
澄んだ音が一度鳴る。
紙面から、後付けされた利息の文字が剥がれた。偽造された父の署名、存在しない管理費、弟子を担保に加えた条項が黒い煤になって消える。残ったのは、元金から既に返済した額を差し引いた「銅貨一枚」の記載だけだった。
穴あき銅貨が溶け、最後の一文字を金色に塗り替える。
【完済】
同時に、消えたはずの不正条項は金貸しの袖へ移っていた。腕から首へ、契約文が刺青のように浮かぶ。広場にいた監察官は一行目を読んだだけで、護衛へ逮捕を命じた。
金貸しは契約書を破ろうとした。しかし紙は彼の指だけを弾き、正当な持ち主であるヨエルの前へ戻る。監察官が袖の刺青と帳簿を照合すると、同じ手口で奪われた工房の名が二十以上並んでいた。
広場の端にいた職人たちが、一人ずつ差押え札を持って前へ出た。今日返るのはヨエルの工房だけではなさそうだった。
先ほどまで響いていた金貸しの笑い声は消え、代わりに職人たちが札を握る革手袋の音がした。
ヨエルは赤紙を剥がし、工房の扉を開けた。革と油の匂いが戻ってくる。弟子たちは泣きながら作業台へ駆け込み、朝の途中だった鞄を並べた。
彼は扉の釘穴に、返済済みの契約書を折って差した。
空になった手のひらへ、金色の通知が降りる。
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