空へ返した翼

鷹獣人フィアナの足首には、空を飛ぶほど重くなる銀環がはめられていた。

 公爵家は彼女を伝令として酷使し、逃亡だけを封じていたのだ。

「三日で国境を七往復しろ」

 命令を受けた瞬間、銀環から鎖が伸び、塔の尖端へつながった。翼を広げれば飛べる。だが遠ざかるほど鎖が重くなり、骨が折れる。

 塔の修理に来ていた錬金職人ロアンは、鎖を見上げて首を傾げた。

「重くなるのは距離ではないな」

「黙って直せ。伝令奴隷の仕組みに触れるな」

 監督官が怒鳴る。

 ロアンは返事の代わりに、塔の避雷針へ工具を当てた。

 フィアナが飛び立つ。十歩、百歩。銀環が赤熱し、翼が落ちかけた瞬間、ロアンが避雷針を引き抜いた。

 鎖は距離を測っていたのではない。塔から送られる魔力の強さを、遠ざかるほど増幅していただけだ。

 供給源を失った銀鎖は空中でほどけ、光の粉になった。

「何をした!」

「故障を直しました。人を塔へ縛るという故障を」

 監督官が予備契約を取り出す。

「ならお前の所有印を登録しろ。そうすれば罪には——」

「私の工房に、所有物の席はありません」

 ロアンは銀環へ小槌を一度だけ振り下ろした。輪は澄んだ音を立てて割れ、石床へ落ちる。

 フィアナは雲より高く舞い上がった。旋回の途中で公爵領の境界を三度越え、どこへでも行けることを確かめる。

 公爵領を越え、山脈を越え、その姿は青空の一点になって消える。

「逃がしたな。二度と戻らんぞ」

 監督官が吐き捨てる。

「それで正常です」

 ロアンは工具箱を閉じ、塔を降りた。

 麓へ着いた時、頭上で風が鳴る。大きな影が旋回し、フィアナが地面へ降り立った。足首にはもう何もない。

「世界を一周してきたのか?」

「いいえ。戻れるか確かめただけ」

 彼女は公爵家の伝令章を折り、自分で選んだ白い羽根をロアンの工具箱へ結んだ。

「次は、あなたが行きたい場所を教えて。命令ではなく、依頼として」

 監督官の呼び笛が背後で鳴っても、彼女の翼は一度も揺れなかった。

 空へ返した翼は、逃げるためではなく、自分で戻るために初めて羽ばたいた。