空船を傾けた一箱

飛空艇《暁鷹号》は、港を離れた直後に右へ傾いた。

「左舷の浮力石を強めろ!」

 船長ガイゼが叫ぶ。機関士が出力を上げると、今度は船首が跳ね上がり、甲板の木箱が一斉に滑った。騎士たちは手すりへしがみつき、儀礼用の銀像だけが海へ落ちていく。

 港の見物人は、英雄船の華麗な出航を見るため手を振っていた。だが船腹は倉庫の屋根を削り、祝砲の代わりに瓦が雨のように落ちた。

 昨夜、荷役係のロニスを解雇したばかりだった。

「箱を積むだけで航海手当を要求する強欲者」

 そう評したのはガイゼ自身だ。だがロニスは箱を積むたび、燃料の減少と乗員の移動まで計算し、飛行中も小箱を数個ずつ動かして重心を保っていた。誰も気づかなかったのは、船が一度も傾かなかったからだった。

「銀像の箱が一つ消えただけだぞ!」

「その一箱で均衡していたんです!」

 機関士の返答直後、右舷の帆柱が港の塔へ激突した。初航路は、出発地点から百歩も進まず終わった。

 同じ空の下、ロニスは小型郵便艇の床へ白線を引いていた。

「手紙は軽い。でも配達順に人が降りると、船の重さは変わります」

 技師ピアナは計算板を覗き、目を丸くした。

「乗客が一人降りるたび、次の荷を中央へ送る印か。これなら新人でも分かる」

 試験飛行は横風の中でも水平だった。配達員が順番に飛び降りても、床の印どおり箱を滑らせるだけで杯の水面は揺れない。着陸場では、壊れやすい時計が一秒も狂わず届いた。

 ピアナはロニスへ操船徽章を渡す。

「今日から貨物平衡士だ。荷を運ぶ者ではなく、船を落とさない者として雇う」

 着陸すると、《暁鷹号》から救難信号が届いた。続いてガイゼの音声石が震える。

『戻ってこい。今すぐ積み直せ。お前の解雇は撤回する』

 ロニスは郵便袋を白線の内側へ収め、音声石へ答えた。

 向こうではガイゼが「これは船長命令だ」と繰り返した。ロニスは、水平な甲板に置かれた配達印が微動だにしないのを確かめた。

「解雇通知を受け取った時点で、暁鷹号との平衡管理契約は終了しています」