窓側四列目の交換日記
楡井奏太は、机の右上に小さな魚を描いた。
翌朝、魚には吹き出しがついていた。
――数学、死んだ。
奏太はその下に、救急車の絵を描いた。次の日には、担架で運ばれる魚が増えた。
窓側四列目の机は、選択授業で別のクラスが使う。誰が返事をしているのか分からないまま、落書きは二週間続いた。魚は恋をし、失恋し、補習を受け、ついには宇宙飛行士になった。奏太は朝、教室へ入る瞬間だけ少し急ぐようになった。相手も同じだとは、まだ知らなかった。
ある木曜日、奏太が忘れたノートを取りに戻ると、夕暮れの教室に唐沢小春がいた。彼女は例の机に顔を寄せ、魚へヘルメットを描いているところだった。
「宇宙服、描くの下手」
声をかけると、小春のペン先が跳ねた。
「楡井君?」
「魚の飼い主」
「救急車、タイヤ三つだった人?」
「遠近法」
「言い訳が苦しい」
机の上なら何でも言えたのに、向かい合うと会話は続かなかった。教室は静かで、窓から入る橙色が二人の間を長く伸びる。
小春が咳払いした。
「数学、本当に死んだの?」
「七点」
「魚より重症じゃん」
「唐沢は?」
「八点」
「一緒に補習だ」
初めて同時に笑った。書いた文字から想像していた相手より、小春はよく笑い、奏太は思っていたより目をそらした。落書きの魚は、二人の肘の間で宇宙を漂っている。
「これ、消した方がいいかな」
小春が言った。
「先生に見つかる前に」
「交換日記、終わるけど」
「日記じゃない。魚の連載」
「作者二人で打ち切り会議する?」
奏太は迷い、魚の進行方向に小さな惑星を描いた。小春がその惑星へ旗を立てる。
――つづく。
下校放送が流れた。二人は机を雑巾で軽く拭いたが、魚の周りだけ避けた。
「明日は何描く?」と奏太が聞く。
「会ったんだから、もう口で話せばいいでしょ」
「それだと急に難しい」
「私も」
小春は鞄を持ち、戸口で振り返った。
「じゃあ、明日もここで。放課後」
机の上では、魚が旗のそばで待っていた。二人はまだ何も始めていないのに、続きを約束する方法だけは知っていた。