竈神、深夜二時のレジに立つ

 竈神のおきび婆が、コンビニの夜勤を始めた。

 神棚への供え物だけでは家賃が払えなくなり、「火を扱う仕事なら向いている」と応募したのだ。面接で店長に得意分野を聞かれ、「冷えた飯を温め、人の腹と心を満たす」と答えたところ、即採用された。

 ただし、電子レンジとは相性が悪かった。

「弁当、温めますか」

「お願いします」

「では火加減は強火で」

「ボタンを押してください!」

 おきび婆が手をかざすと、容器は一瞬で熱くなり、唐揚げは香ばしく、米はふっくらした。だがフタに穴を開け忘れ、店内に「ぽん」という音が響いた。

「奇跡はマニュアルの後にしてください」と店長は言った。

 深夜二時の店には、いろいろな客が来る。長距離運転の途中で眠そうな人、試験勉強で目を赤くした学生、夜泣きする赤ん坊を抱えた父親。おきび婆は全員に同じ調子で言った。

「腹が減っている顔だね」

 運転手には熱い豚汁、学生には焼きおにぎり、父親には少しぬるめのミルク。もちろん商品なので代金は取る。神の慈悲とレジの会計は別である。

 ある夜、いつもカップ麺だけ買う若者が、財布を見て商品を棚へ戻した。

「給料日前かい」

「まあ」

「廃棄予定の弁当なら――」

「勝手に渡さないでください!」とバックヤードから店長の声が飛んだ。

 おきび婆は考え、店内の求人票を一枚持ってきた。

「週二回、品出し。まかないはないが、給料は出る」

「勧誘ですか」

「働かずに食わせるより、そのほうが長く温かい」

 若者は翌週から同じ制服を着た。レジ操作は彼のほうが上手で、おきび婆はレンジのボタンを教わった。代わりに彼女は、肉まんがいちばんおいしくなる蒸らし時間を教えた。

 冬の明け方、店長が防犯カメラを確認すると、客のいない店内で二人が売り物にならない形の焼きおにぎりを食べていた。

「廃棄記録は?」

「これは余り飯を自分で握った」

「火元は?」

「わし」

「記録できる項目がないんですよ」

 店長はため息をつき、それでも二人分の味噌汁を買った。

 朝六時。交代の店員が来るころ、ガラス窓は湯気で白くなっていた。おきび婆はレジ横の神棚ほど小さな場所に手を合わせる。

「今日も誰かが、温かいものを持って帰れますように」

 その直後、レンジから警告音が鳴った。

「婆さん、またスプーン入れたまま!」

「銀の匙は神具だと思ってねえ」

 竈神の夜勤は、今夜も火災報知器ぎりぎりで続いている。