竜の火を鎮める白氷
王都の坂道にある甘味食堂《白鈴》へ、外套を頭までかぶった少女が入ってきた。店主コハクが挨拶をする前に、少女は小さなくしゃみをした。
ぼっ、と外套の内側が赤く光る。近くの砂糖壺が熱で飴色になった。
「水はかけないで!」
彼女は竜人の公女ドラシアだった。緊張すると火嚢が熱を持ち、息が炎になる。今夜は人間王との和平晩餐会。前回、乾杯の卓を焦がしたせいで、もう一度火を吐けば交渉から外されるという。
竜人の炎を恐れる貴族たちは、公女を衝立の裏へ座らせる案まで出していた。本人も「また失敗したら、弟が代わりに来る」と、焦げた袖を握っている。
「冷たいものを。いちばん冷たいものをください」
コハクは氷だけを出さなかった。雪山羊の乳をゆっくり凍らせ、月薄荷を混ぜた白氷を銀の器に丸く盛る。砂糖は控え、喉へ残る脂も丁寧に除いた。上には火花になりそうな飾りを何も置かない。
「一気に飲み込まず、舌の上で溶かしてください」
ドラシアが一匙すくう。乳の穏やかな甘みがほどけ、そのあとから薄荷の冷たさが喉を滑った。二匙目で、外套の襟から漏れていた赤い光が弱くなる。三匙目には、彼女の口から白い息がふわりと出た。
「冷たいのに、痛くない」
「火を消すんじゃなく、休ませる甘味です。無理に消すと、次は暴れますから」
ドラシアはその言葉を聞いて、少しだけ匙を持つ手を緩めた。和平の場で求められているのも、竜の力を捨てることではない。出さないと自分で選べることだ。
最後の一口を食べる。彼女は目を閉じ、試すように長く息を吐いた。炎ではなく、小さな雪の結晶が一枚、卓へ落ちる。続けて笑っても、くしゃみをしても、白い息しか出なかった。
ドラシアは外套を脱いだ。金色の角も、赤い鱗も隠さずに背筋を伸ばす。
「これなら、王の前で笑える」
代金として置かれたのは、爪ほどの竜珠だった。店一軒を買える価値だとコハクが慌てると、ドラシアは器を抱えて首を振る。
「残りは、追加注文の前金。器ごと十個、晩餐会へ。衝立の裏ではなく、同じ卓で食べてもらう」
坂の下から迎えの馬車が来る。公女が乗り込んだ直後、その後ろに続く王宮の料理馬車が《白鈴》の前で止まり、御者が空の保冷箱を十個降ろし始めた。