竜嫁の鎖と三本の鍵
竜卵を孵せなかった飼育官エルメアは、古竜族との盟約を守るため「竜嫁」に選ばれた。婚姻の証として首へ嵌められた黒鎖は、相手の命令に逆らえば焼ける呪具だった。
孵化室を全焼させたのは自分だ。卵を救おうとして温度調整を誤った。仲間たちがあの焦げた殻を見れば、もう庇ってはくれない。エルメアはそう思い、竜王の洞窟へ一人で入った。黒鎖には「嫁は帰還を望んではならない」と古竜語で刻まれている。彼女は読めたが、誰にも訳さず、最後まで従順なふりをするつもりだった。洞窟の入口で持ち物はすべて没収され、孵化室の鍵まで竜族へ渡された。戻る場所を先に失えば、逃げたいとも思わずに済むはずだった。
祭壇の炉が赤くなる。鎖が締まる直前、鍛冶師ドラグが巨大な火箸を床へ置いた。
「俺の炉の鍵だ。戻るなら好きに使え。壊しても叱らん」
天井から竜騎士ナシュカが滑空し、自分の鞍を外してエルメアの足元へ置く。鞍には二人分の留め具があり、片方だけが開いていた。
「飛び方を忘れても、後ろは空けてある」
洞窟の外では書記官クオンが、石扉に楔を打ち込んだ。竜王が炎を吐いても、扉は閉じない。
「記録庫の寝台も空けた。夜中に資料を散らかす席も、そのままです」
竜王は三人を灰にすると吠えた。だがドラグが黒鎖へ火箸を当てると、鎖から孵化室の映像が映った。火を放ったのは卵の内側。古竜の幼体が早すぎる孵化を始め、エルメアは他の卵へ燃え移るのを止めたのだ。
焦げた殻だと思われた一つが割れ、小さな竜が彼女の名を鳴いた。
潔白になっても、エルメアは鎖から手を離せなかった。自分の判断で幼体を傷つけたかもしれない。次も失敗すれば、三人は今度こそ背を向ける。
「私の手は、また間違う」
ドラグは火箸を置いたまま、ナシュカは鞍を引かず、クオンは楔へさらに一本打ち足した。
「間違った手を、三本で止める」とクオンが言う。
エルメアは自分で黒鎖を外した。炉の鍵、空いた鞍、閉じない扉。誰のもとへ嫁ぐかではなく、どの場所へでも帰れることを、三つの鍵が先に決めていた。