竜王の食卓に立つ給仕
竜王イグニオスの晩餐では、料理をこぼした給仕は焼かれる。
給仕長ソルカが銀盆を運んでいると、大臣パルネがわざと足をかけた。盆の上で琥珀色のスープが揺れる。だがソルカは体勢を崩さず、王の前へ皿を置いた。
「無礼者です」と大臣が先に叫んだ。「陛下の御前で皿を揺らしました」
大臣は、平民出身の給仕長に帳簿の横流しを見つけられたばかりだった。今夜中に口を封じなければ、明朝には証拠が王へ届く。
イグニオスは退屈そうに頬杖をつく。人の姿をしていても、瞳の奥には火山があった。
「規則は規則だ。そこに立て」
ソルカは食卓の端で、空になった銀盆を胸の高さに掲げた。
竜王が軽く息を吐く。橙の炎が給仕を包み、長卓の蝋燭まで一斉に消えた。大臣は笑みを隠すため杯を口へ運ぶ。
その杯が途中で止まった。
炎の向こうで、銀盆に映るソルカの顔が動かなかったからだ。
煙が晴れる。彼女は同じ姿勢で立ち、盆も水平のまま。制服の白い襟も、編み上げた髪も焦げていない。それどころか、竜王の前のスープは適温の湯気を保っていた。
「耐火魔道具か?」
イグニオスの目が初めて楽しげに細くなる。
「いいえ。備品を私用しないよう教えられております」
「では、次は本気で試そう」
王の背後に竜翼の影が広がる。二度目は、歴代の反逆都市を地図から消した《王焔》。白金の炎が大広間を満たし、耐火結界が悲鳴を上げた。
火が引く。
ソルカは盆を掲げたまま、少しも傾いていない。銀盆に残った一滴のスープさえ蒸発していなかった。
今度は大臣が笑えなかった。竜王も、彼女ではなく卓上の防御鑑定皿を見る。皿は対象の耐久を色で示す。青、紫、金を越え、とうとう透明になった。
「給仕長。何者だ」
「千年前にも、陛下のお祖父様へお仕えした者です。竜王家の炎は、三代前に克服いたしました」
ソルカは盆を下ろし、冷めていないスープを示した。
「それと陛下。大臣閣下の袖に、横流し台帳の切れ端が付いております」
パルネが慌てて袖を隠す。その動きまで銀盆に映っていた。
鑑定皿には《測定不能》の文字だけが浮かんでいた。