競売番号を燃やす値段
地下競売の目玉は、祈れば傷も呪いも消せる聖女だった。
白い衣ではなく、商品番号《四十七》を縫い付けた灰布を着せられている。足首の金環と競売証書がつながっており、落札者の名を書けば、その声に逆らえなくなる仕組みだ。
「金貨三千!」
貴族たちが次々と札を上げる。
最後に、辺境伯ディーンが金貨一万を告げた。誰も競れず、槌が落ちる。
競売人は笑顔で証書を差し出した。
「こちらへ閣下のお名前を。聖女アニエラは、呼吸の回数まであなた様のものです」
ディーンは署名台へ進んだ。
アニエラは目を伏せている。新しい主人の靴だけを見て、最初の命令を待っていた。
「代金は払う」とディーンは言った。
「さすがは辺境伯。では所有者欄へ――」
「そこには書かない」
彼は一万枚の金貨ではなく、燭台の火を取った。
競売人の顔色が変わる。
「お待ちを。それを燃やせば、商品への支配権が失われます!」
「だから買った」
証書の角へ火が移る。契約文字が悲鳴のように縮み、所有者欄まで真っ黒になった。
足首の金環が開き、石床へ転がる。
アニエラは倒れなかった。ただ、足を一歩引いた。誰にも許可されずに動けたことへ、自分で驚いているようだった。
「私は、どなたのものに」
「あなた自身のものだ」
ディーンは競売台に背を向けた。護衛も連れず、地下を出る。背後で競売人が「代金は返さないぞ」と叫んだが、彼は振り返らない。
地上では夜明け前の市場が開き始めていた。
アニエラは自由になった。西の修道院へ行く道も、南の港へ行く道もある。ディーンは行き先を尋ねず、自分の馬車へ向かった。
そこへ、裸足の足音が追いつく。
アニエラだった。灰布から商品番号を切り取り、手に持っている。
「私を連れ戻す命令ですか」
「違う。忘れ物なら競売場へ」
「捨てに来ました」
彼女は《四十七》の布を側溝の火へ投げた。そして、競売人から取り上げてきたという短剣を、鞘ごとディーンへ差し出す。
「代金を返すことはできません」
「返してほしくて払ったんじゃない」
「なら、私は何で返せばいいでしょう」
「返さなくていい」
アニエラはしばらく短剣を見つめ、差し出した手を引かなかった。
「これは返礼ではありません。私が、あなたの敵を敵と決めたときに使う刃です」
「私が間違っていたら?」
「最初にあなたへ向けます」
「それなら信頼できます」
ディーンが鞘を受け取ると、アニエラは馬車の後ろではなく、彼の隣の扉を開けた。
競売番号の灰が、朝の風に消えていった。