箒の先の結界

ソナ・クレイルは、学院で最も早く起きる奨学生だった。

朝靄の残る廊下を箒で掃き、窓枠の粉を拭い、石床の溝へ白い砂を戻す。誰もがそれを清掃だと思っていた。

能力測定の日、彼女の水晶には【属性適性:4】と浮かんだ。

結界科のリーヴェン・ダロは鼻で笑った。

「奨学生枠も無駄になったな。せめて講堂をきれいにして帰れ」

彼はソナの箒を取り上げ、使用人用の物置へ投げ込んだ。今日は貴族生だけで学院結界を起動し、名門の力を示すのだという。

ソナは黙って壁際へ立った。

測定が始まる。リーヴェンたちが宝石杖を掲げると、講堂を包む防壁が青く輝いた。歓声が起きた直後、床の端から光が途切れた。

細い亀裂が走る。窓枠の粉が風に舞い、石床の溝が黒く開く。外から放たれた試験用の衝撃が、防壁の隙間を縫って講堂へ飛び込んだ。

教師が叫ぶ。

「基礎紋が欠けている!」

ソナは物置から箒を拾い、飛び散った白砂を集めた。掃くのではない。箒の先で、床の溝へ古い文字を描き直していく。窓枠をなぞり、柱の埃を落とすたび、消えていた結界線がつながった。

最後の砂が溝へ収まると、防壁は宝石杖より強く輝いた。

白砂の紋は、学院創設時から使われてきた古い方式だった。宝石杖より地味で、毎日なぞらなければ消える。前任の老清掃員がソナへ教えたが、結界科は「雑務の慣習」として記録から外していた。

壁面に過去の日々が映る。雨の朝、ソナは濡れた砂を乾かしていた。祭りの翌朝には、靴跡で崩れた紋を直していた。リーヴェンたちが遅くまで宴会をした夜も、彼女だけが廊下を巡り、結界の穴を塞いでいる。

「そんな作業、誰にでもできる」

リーヴェンが言う。

ソナは箒を差し出した。

「では、続きからお願いします」

彼は受け取れなかった。床の溝は複雑に枝分かれし、どの砂をどちらへ掃くかさえ分からない。毎日見下ろしていた仕事を、彼は何ひとつ見ていなかった。

結界長は、奨学生へ清掃を押しつけながら、その成果を貴族生の魔力として申告していた記録を閉じた。

新式水晶が、誰の魔力が結界を支えていたかを遡る。毎朝の廊下、窓、柱、門。学院全体から細い光が集まり、ソナの箒へ宿った。

【結界維持率:95%】

リーヴェンは自分の杖を見た。そこには、完成した紋へ力を流した記録しかない。

学院長は箒をソナへ返し、代わりに結界管理官の鍵を添えた。表示が更新される。

【結界科・職務改定】

管理官候補:ソナ・クレイル

清掃補助:リーヴェン・ダロ