終電のひと駅手前

残業帰りの電車で、向かいに座った外国人の親子が、何度も路線図と切符を見比べていた。

母親は大きな鞄を抱え、眠った男の子を肩へ寄せている。降りるはずの駅を通り過ぎたらしく、翻訳画面には〈空港ホテル〉とあった。

私は次で乗り換えれば最終電車に間に合う。案内するなら反対側のホームまで行かなければならず、自分の終電を逃すかもしれない。

駅名と階段の場所だけ教え、座席へ戻ろうとした。

そのとき男の子が目を覚まし、母親へ小さく言った。意味は分からなかったが、泣くのを我慢している声だった。母親も笑顔を作りながら、切符を握りしめていた。

私は鞄を持ち上げた。

「一緒に行きます」

地下通路を走り、閉まりかけた改札へ着いた。駅員に事情を話すと、空港方面は工事で途中から代行バスだと分かった。案内板は日本語しかない。

駅員がバス乗り場までの地図を描き、私は親子と地上へ出た。最終バスはまだいた。

母親は何度も礼を言い、男の子は鞄から小さな紙の飛行機を出して私へくれた。翼に外国の文字が書かれていた。

親子を乗せたバスが発車したあと、私は自分のホームへ戻った。終電は行ったあとだった。

仕方なく、ひと駅手前まで行く別路線に乗り、そこから四十分歩いた。

途中、海外で一人暮らしをしている息子へ、紙の飛行機の写真を送った。

〈道に迷った親子を案内して、終電を逃した〉

すぐ返信が来た。

〈俺も先月、駅で迷って知らない人にホテルまで連れていってもらった。言ってなかったけど、すごく助かった〉

私は歩道の端で立ち止まった。

息子が遠い国で暮らすと決めたとき、心配ばかりしていた。危ない目に遭わないか、困っても誰にも頼れないのではないか。

けれど世界には、終電を一本逃しても、知らない誰かを案内する人がいる。

今日の親切が息子へ届くわけではない。

息子を助けた人へ返るわけでもない。

それでも、どこかで道に迷う誰かの隣へ、世界はこうして一人ずつ立つのだ。

家へ着くころ、日付は変わっていた。

ひと駅ぶん歩いた足は痛かったが、遠い国まで続く道を歩いたような気がした。