終電の一つ前
終電の一つ前なら、まだ人目があると思っていた。
ホームの防犯映像には、白い帽子の女性が十二時四十分の電車へ乗る姿が映っていた。次の十二時四十八分が終電だった。女性はその夜から行方が分からず、車内には帽子だけが残された。
駅員は、終電前に乗客同士が争う声を聞いたという。売店はすでにシャッターを半分下ろし、ホームの照明だけが白く浮いていた。ベンチには、包みを開けていない弁当を抱いた子どもが眠っていた。階段の下では、揚げたてのコロッケの匂いがした。
警察は深夜の利用者を洗った。女性につきまとっていた元同僚は、午後十一時半から翌朝一時まで飲食店にいた。会計記録も店内映像もある。工事会社の作業員は、夜間作業のため駅にいたが、十二時三十分には線路脇にいたと証言された。
車内映像が故障していたため、女性がどこで降りたかは分からない。ただ、帽子の内側には駅の粉塵と同じ灰色の砂が付いていた。刑事は、帽子が乗車前から工事現場にあったのではないかと考えた。
座席の下から、工事区画でしか使わない黄色い結束帯も見つかった。作業員は資材が風で飛んだのだろうと説明したが、結束帯には女性のコートの繊維が絡んでいた。彼女は乗客として車両へ入ったあと、工事用通路へ移されたらしい。作業員だけが、その通路から改札を通らず外へ出られた。
駅の事務室で時刻表を見直すと、通常の最終電車は午前零時過ぎだった。だが当日の欄だけ赤い紙が重ねられている。線路切替工事のため、十三時から翌朝まで全線運休。十二時四十八分が「本日の終電」と太字で印刷されていた。
売店が閉じかけていたのは昼休業の準備。弁当は昼食、コロッケは正午の販売分だった。
映像の十二時四十分は深夜ではなく昼だった。元同僚の夜のアリバイには、何の意味もない。
刑事は工事会社の作業員へ、帽子を差し出した。
終電の一つ前に人目がなかったのではない。誰もが「終電」を夜だと思い込んだため、昼の目撃者を探していなかったのだ。