群青を入れる

小椋都季は、祖母の万年筆を古い文具店へ持ち込んだ。黒い軸に細かな擦り傷があり、金色のペン先は乾いたまま開かない。祖母が亡くなってから、都季はそれを引き出しの奥へしまっていた。

祖母はこの店で、毎年同じ黒インクを買っていたという。手紙も家計簿も、町内会の回覧板への署名も黒だった。間違えず、目立たず、長く残る色。都季は祖母の字が好きだったが、その万年筆で自分の名前を書くのは、祖母の真似をするようで避けていた。

店主はペン先を洗浄液へ浸し、古いインクが薄い煙のように水へほどけるのを待った。修理のあいだ、都季は鞄の中の契約書を何度も確かめた。会社を辞め、友人と小さなデザイン事務所を借りるためのものだ。共同経営者の署名はもうある。残るのは都季だけだった。

祖母は都季が子どものころ、絵を褒める一方で、「仕事は堅いところがいい」と言っていた。その言葉は善意だったし、都季を困らせるためのものでもない。だから反対できず、祖母の死後まで効き続ける規則のようになった。

安定した会社を手放すことを、家族は祖母なら反対したと言った。都季にもそう思えた。祖母が選び続けた黒は、踏み外さないための線に見えた。

修理を終えた店主は、棚からインク瓶を一つ選んだ。都季が黒を頼む前に、試筆用の紙へ群青の線を引いた。明るい青ではなく、乾くと夜のように深くなる色だった。店主は祖母の古い購入記録を見つけても、それに合わせなかった。新品のカートリッジを一本だけ軸へ入れ、残りは売りつけず、修理代だけを打った。試筆紙の端には、黒と群青を並べることもせず、今入れた色の線だけを残した。

会計票の品名欄には「万年筆 使用者変更」と記されていた。都季が顔を上げると、店主はもうペン先を布で拭き、キャップを閉めていた。

店の試筆台で、都季は契約書を開いた。祖母の字より丸く、少し右上がりの自分の名前を、群青で書いた。乾くまでの数秒、手を離さずに見ていた。群青は黒にはならず、都季の署名として紙に残った。