胡麻のない昼休み
白粥のレシートが、消えた弁当の代わりに置かれていた。
小児病棟の休憩室から、安西由良の昼食がなくなったのは夜勤明けまであと四時間のときだった。
白米と鶏の照り焼きだけの簡単な弁当でも、由良には大事な燃料だった。
朝から三人の採血を手伝い、泣く子へ絵本を読み、保護者の質問に答え続けている。忙しい日は空腹さえ後回しになるが、由良は低い血糖で手が震える前に食べる、と自分に約束していた。
冷蔵庫を開けた可能性があるのは、研修医の木場、看護補助の城崎、付き添いで休憩室前まで来た仙石だけ。木場は栄養ドリンクを取り、仙石は給湯器の場所を聞いただけだという。城崎は処置室へ呼ばれ、姿が見えない。
冷蔵庫の棚には、破れた胡麻ドレッシングの小袋が落ちていた。ごみ箱には使い捨て手袋が一組。テーブルには、売店の白粥を買ったレシートがあり、時刻は十一時四十七分だった。
由良は胡麻に強いアレルギーがある。病棟では周知されていた。以前、ほんの少量が付着した箸で症状が出て以来、共有冷蔵庫の上段を専用にしてもらっている。だから、破れた小袋を見た瞬間、弁当がなくなった理由の輪郭が見えた。
処置を終えた城崎が戻り、白粥の袋を差し出した。
「ごめん。弁当、隔離庫に入れた」
「隔離庫?」
「木場先生のドレッシングが破れて、蓋と風呂敷にかかったの。拭けば平気かもしれないけど、平気かもしれないで食べさせたくなかった」
弁当は透明袋に二重に包まれ、清掃用の鍵付き棚に置かれていた。中身まで汚れたかは分からない。城崎は説明する前に、子どもの点滴アラームへ走ったのだ。
「勝手に捨ててはいないから。帰ったら家族に確認して」
「白粥まで買ってくれたんですか」
「前に私の薬の禁忌、安西さんが気づいてくれたでしょう。あのときも、説明はあとだった」
城崎は軽く言ったが、由良は覚えていた。忙しい現場では、親切はしばしば無愛想な形をしている。説明より先に手を動かすしかない瞬間があり、あとから残るのは、誰かが守ってくれた結果だけだ。
木場が休憩室の入口から顔を出し、深く頭を下げた。由良は白粥の蓋を開ける。湯気に、胡麻の匂いは一つもなかった。
「味、ないかも」
城崎が言う。
「今日くらい、薄くていいです」
由良は最初の一匙を口に入れた。温かさだけで、十分な味がした。