花嫁の名前を消す

真帆は、花嫁の姉の名前を一度も口にしなかった。

私が「美佐さんの写真、ここに置こう」と言うと、彼女は共有アルバムを閉じた。秘密を抱えている人の仕草だった。亡くなった家族の話に弱いから逃げているのだろう。

ウエディング会社で、私は物語のある式を得意としていた。きれいな装花だけでは人の心は動かない。本人すら言葉にできない傷を見つけ、祝福へ変える。それが私の仕事だった。

紗耶さんが相談中に指輪を触るたび、私はまだ言葉にならない物語があると確信した。本人が隠すものほど、式で明かしたとき強く人を泣かせる。

今回の花嫁、紗耶さんは相談中も姉について語らなかった。けれど席を外した間、テーブルに残されたタブレットに通知が出た。家族用アルバムを開くと、美佐さんの写真と、事故の前日に交わしたメッセージが並んでいた。

――私の結婚式には、絶対来てね。

私は「雨の庭」という演出を考えた。空席に姉の遺影を置き、保存されていた音声を流し、最後に花嫁が姉へ手紙を読む。真帆には刺激が強すぎるようで、何度説明しても反対した。

最終提案の日、真帆は私の資料から遺影も音声も消し、簡素な雨粒の装飾だけを残した。そして客の前で言った。

「このプランは私が責任を持って作りました」

胸が焼けた。私の発想を薄めて、自分のものにした。

「本当の企画者は私です。お姉さまの最後の音声まで見つけました」

紗耶さんの顔から色が消えた。

「どうして、姉の音声を?」

「タブレットに残っていました。あなたが話せないから、代わりに形にしようと」

「見たんですか」

真帆がすぐに謝り、データは複製前に削除したと説明した。彼女が自分の名で提出したのは、閲覧記録と責任を私から切り離さず、会社に報告するためだった。

私は言った。いつか紗耶さんも感謝する。悲しみを避けていては前に進めない。真帆のように、当たり障りのない式しか作れない人には分からない。

紗耶さんは帰り際、真帆にだけ頭を下げた。

真帆が私の企画から消したのは、私の名前ではなく、祭壇に置かれるはずだった姉の遺影だった。