花桶の取っ手

ホテル宴会場の入口に、二メートルの花のアーチを立てる予定だった。

新倉菜帆は、花は高い位置にあるほど人の視線を上げると言う。葛西柚月は、視線より搬入経路を先に見る。菜帆がデザインし、柚月が時間と重さを計る。互いを必要としているが、互いの正しさを好きではなかった。

設営開始の一時間前、菜帆が花桶を持ち上げた途端、右手を落とした。前日から腫れていた手首が、とうとう動かなくなった。

「病院へ行って」

「式は待たない」

「手首も待たない」

「上段だけ作れば、あとは任せる」

柚月は脚立を畳んだ。菜帆はまた開いた。二人の間で金具が乾いた音を立てた。

担当者から、開場まで四十五分と電話が来た。菜帆は左手でワイヤーをねじろうとしたが、花首が折れた。白いダリアが床へ落ちる。

柚月は設計図を裏返し、床に長い線を引いた。

「アーチをやめる。低い花道にする」

「高さがないと、別の会場みたいになる」

「手がないと、完成しない」

菜帆は返事をせず、折れたダリアを拾った。高く掲げるために切りそろえた茎は、低い器ならまだ使える。

二人は同時に花桶へ手をかけた。菜帆が左の取っ手、柚月が右の取っ手を持つ。どちらか一人なら傾く水が、二人の間で平らになった。

アーチ用の花は、入口から受付まで低く連ねた。客は花を見下ろし、子どもはしゃがみ込んだ。菜帆は最後まで、高さがあったほうが美しかったと思っている。柚月も、予定変更を成功と呼ぶ気はない。

床の花道を作る間、柚月は水を足し、菜帆は左手だけで茎の向きを直した。落ちた花首は小皿へ集め、受付の名札の横に置いた。予定図を捨てず、変更時刻と手首の状態を記録したのは、次の現場で同じ無理を前提にされないためだった。

開場直前、担当者が「素敵なアレンジですね」と言った。二人は説明せず、空になった桶を運び出した。

帰りの搬入口で、菜帆の右手には固定用のタオルが巻かれていた。柚月はまた片方の取っ手を持った。菜帆も左手をかけ、二人で空の桶を持ち上げた。