荷物預かりは二十時まで

 駅の荷物預かり所が閉まるまで、あと十二分だった。

 夕佳は、借りていた紺色のキャリーケースを廉の前へ押した。持ち手には白い封筒を輪ゴムで留めてある。

「三十万円、全部返した」

「数えなくていい?」

「振込履歴も入れた」

「そうじゃなくて。こんな日にまで、きっちりしすぎ」

 二年前、夕佳は同棲していた恋人の部屋を出た。財布を管理され、貯金もほとんどなかった。事情を聞いた廉は、翌朝、引っ越し代と新居の敷金を振り込んだ。

 大学からの友達だった。だから借りられた。

 大学からの友達だった。だから、返し終えるまで好きだと言えなかった。お金の代わりに気持ちを差し出したと思われるのも、親切につけ込んだと思うのも嫌だった。

「これで、本当に返したから」

「うん」

「キャリーも。お金も」

「じゃあ、もう会わない?」

「どうしてそうなるの」

「この二年、夕佳から来る連絡、返済日と残高だけだった」

 廉は夜行バスで実家へ帰る。発車は二十時十五分。預かり所の係員が、カウンターの札を裏返し始めた。

「迷惑かけたくなかった」

「貸したこと、迷惑だって言った?」

「言ってない」

「じゃあ、夕佳が勝手に俺を債権者にした」

 その言葉が痛かった。廉が送ってくれた誕生日のスタンプにも、残高を計算してから返事をした。食事に誘われるたび、利息みたいに感じて断った。

「対等になってから話したかった」

「何を?」

「それを今聞く?」

「バス、待ってくれないから」

 あと九分。

 夕佳は封筒を彼の手に押しつけた。廉は受け取ったが、キャリーの持ち手からは手を離さなかった。

「返した。これで、私たちは元どおり」

「元どおりって?」

「友達」

「それが夕佳の希望なら」

 希望。その言葉で、夕佳はようやく気づいた。返済は区切りであって、許可証ではない。黙っていた二年を、清算のせいにしていただけだ。

「返したかったのは、お金だけ」

 夕佳は言った。

「借りたままにしたいものもある」

 廉が何か言う前に、夕佳はキャリーを引き戻し、預かり所のカウンターへ二人分の荷物を載せた。

「一時間延長で」

「俺のバスは?」

「一本、見送って。夕飯くらい、利息なしで付き合って」

 係員から二枚の預かり証を受け取り、夕佳は一枚を廉に渡した。

 封筒だけが彼の手元に残り、二人の荷物は同じ番号の棚へ運ばれていった。