薬袋の転売価格

解熱鎮痛薬が品薄になった週、雪平野澄律は薬局の列で、神野瀬理央が五枚の家族カードを持っているのを見た。

「祖父母と兄弟の分。全員、熱がある」

理央はそう言いながら、スマートフォンでは薬を定価の六倍で出品していた。写真には、まだ薬局の棚にある箱が使われている。

薬剤師は一人一箱と説明した。

理央はカードを並べる。

「家族の代理購入は認めるって書いてあるだろ」

澄律は何も言わず、地域の薬局共同アプリを開いた。彼女は別店舗の登録販売者だった。品薄時には重複購入を防ぐため、本人同意のもと受取履歴を共有している。

五人の“家族”は、今朝すでに別々の薬局で同じ薬を受け取っていた。うち二人は遠方在住で、発熱も代理購入の依頼も否定した。連絡先はすべて理央の番号。さらに二枚のカードは、本人が紛失届を出していた。

薬剤師が販売を止める。

「転売目的の購入だけでなく、他人の会員情報を使っていますね」

理央は、一般用医薬品なら何をしても自由だと反論した。

薬局長は県の薬務担当へ連絡した。医薬品を反復継続して販売するには許可と適正な保管・表示が必要で、理央の出品ページには効能を誇張した説明まであった。通販サイトも、無許可販売の疑いとして全商品を非公開にした。商品説明には『医師推奨』『必ず熱が下がる』と根拠のない文句まであり、薬務担当は表示内容も記録した。

警察官が、紛失カードの利用経緯を確認するため来店した。

理央の車には、別の薬局から集めた同種品が段ボールで積まれていた。夏の車内に放置され、保管温度も守られていない。薬局長は安全上、買い戻すこともできないと告げた。

「じゃあ、この在庫どうすればいいんだ」

「あなたが説明する相手は、購入者ではなく行政です」

澄律は列へ戻り、持病のある高齢者へ順番を譲った。

薬局の在庫表示が〈残り十二箱〉から一箱ずつ減り、理央の出品一覧がゼロへ変わった瞬間、買い占めた薬は高値の商品ではなく、売ることも配ることもできない調査対象になった。