虹色の非常口

久我山静馬は、十年ぶりに熊の着ぐるみを着た。

閉園する遊園地の最後のパレード。かつて人気だった明るいテーマ曲が流れ、観客は虹色の腕輪を振る。十五年前、観覧車の制御故障で少女が転落死した日も、同じ曲が園内を回っていた。

事故のあと、静馬はマスコット役を辞めた。少女が落ちる直前、自分へ手を振っていた光景が消えない。助けを求めていたのに、笑顔で振り返してしまった。その手の重さだけが、着ぐるみを脱いでも残った。

イントロの金管が弾ける。

「笑って手を振って」

Aメロで着ぐるみの右手を上げると、古い触覚センサーが反応し、背面スクリーンに当時のパレード映像が混じった。少女は観覧車の最上部。片手を激しく左右へ振っている。会社は後に、ふざけて立ち上がったと説明した。

だが曲の鈴音を消すと、座席の安全バーが開閉する音が聞こえた。三度閉じ、三度外れる。故障ではない。地上の操作盤から解除信号が送られていた。

サビで観客が声を合わせる。

「笑って手を振って」

映像の少女は笑っていない。口が「とめて」と動いている。静馬はパレードを中断しようとした記憶を探った。しかしイヤーモニターには、当時の運営責任者の声が残っていた。

〈止めるな。客が上を見る。熊、もっと大きく振れ〉

静馬は指示どおり踊った。巨大な手で観客の視線を地上へ集めた。その間に座席は傾き、少女は消えた。事故後、映像編集で彼女の表情だけ笑顔へ差し替えられた。

最後の一音の直前、静馬は熊の頭を外した。スクリーンの顔補正も同時に切れる。少女の泣き顔と、解除信号を送った責任者のIDが映った。最前列で閉園挨拶を待つ現社長のものだった。

音が止み、静馬は少女が振っていた手の形をまねた。掌を開き、親指を折り、残る指を握る。園の救難サインとして教えられていた合図だった。

「笑って手を振って」

客へ愛嬌を見せろという歌詞ではない。危険を隠すため、救難の手を笑顔に見せかけろという命令だった。