蝶番の右と左
元学生寮の共同冷蔵庫は、扉を開けるたび左へ傾いた。住人たちは膝で持ち上げながら閉めていたが、ある朝、牛乳二本と卵十個が床へ落ちた。
「次に壊れたら弁償」と管理会社から貼り紙が出た。弁償できる者は一人もいない。
大貫灯也と佐伯日和は、錆びた蝶番を外す役になった。二人は先週、プリンを食べた食べないで口をきかなくなっていた。
「下を持ち上げて」
「命令するなら工具も自分で取れ」
「右手ふさがってる」
「俺も扉でふさがってる」
電源プラグを抜くと、悪態をつきながら灯也が扉を支え、日和がねじを抜いた。下側の蝶番は穴が広がり、ねじが空回りしている。割り箸を削って穴へ詰め、木工用接着剤を流した。乾くまでの一時間、二人は落ちた卵で炒飯を作った。
日和はプリンの件を謝らなかった。灯也も、実は賞味期限が切れそうだったから自分で食べたとは言わなかった。代わりに、焦げた部分を互いの皿へ押しつけ合った。
蝶番を左右逆に付け替えると、扉はまっすぐ閉じた。ただし開く向きが変わり、灯也が寝ている廊下側からは少し使いにくくなった。
「戻す?」
「また穴が潰れる」
「じゃあこのまま」
修理後、二人は水を入れたコップを棚へ置き、扉を十回開閉した。水面は揺れたが、こぼれない。日和は十一回目を灯也に任せた。
日和は棚を拭き、白いテープで中を五区画に分けた。住人の名前ではなく、〈朝〉〈夜〉〈共有〉などと書く。最後の一段だけ、〈帰りが遅い人〉だった。
その晩、灯也は短期仕事の面接に落ち、始発まで外を歩くつもりでいた。けれど冷蔵庫を開けると、その一段に炒飯の残りがあった。扉は前より静かに閉じた。
灯也は面接へ持っていった鞄に、着替えと通帳まで入れていた。落ちたら兄の部屋へ押しかけるつもりだったが、電話は呼び出し音の途中で切られた。駅のベンチで夜を明かすより、向きの変わった冷蔵庫をもう一度確かめたいと思った。そんな理由なら、誰にも説明しなくて済んだ。
灯也は皿を取り出し、廊下に敷いていた寝袋を、空いている部屋の壁際へ運んだ。