裏口から来たオーナー
高級レストラン〈ルミエール七番街〉へ、綾羅木遥壱は魚市場帰りのパーカ姿で入った。
片手には保冷箱、もう片方には古い布袋。予約名を告げる前に、支配人の加賀見玲治が進路を塞いだ。
「納品は裏口です」
「カウンターで一席、空いていると聞きました」
「ドレスコードをご存じですか。向かいの食堂なら、その格好でも入れます」
遥壱は保冷箱を開けなかった。入口の横で待っていた老夫婦へ、自分の予約席を譲って帰った。
翌朝、開店前の全体会議が開かれた。グループオーナーが新料理長とサービス責任者を発表する日だった。加賀見は、昨日の老夫婦を予約外として記録し、入店させたのは自分の機転だと報告していた。
会議室へ入ってきたオーナーは遥壱だった。
彼は国内外に二十店を持つ外食グループの創業者兼社長で、〈ルミエール七番街〉の最初の料理長でもある。市場へ自分で魚を選びに行き、匿名で店舗を回るのが習慣だった。保冷箱には、その夜の新メニューに使う希少な魚が入っていた。
加賀見は顔をこわばらせた。
「衛生上、納品業者を客席へ通せなかっただけです」
「私は客として予約していました。老夫婦の席を断ったのも、服装が理由ですね」
監査担当が予約履歴を示した。加賀見は高額ワインを注文しない客の予約を勝手に後方席へ変え、常連の実績を自分の営業成績へ付け替えていた。昨日の老夫婦は、創業時から店を支えた最初の顧客だった。
遥壱は、老夫婦へ丁寧に水を出した若い給仕を前へ呼んだ。
「なぜ入店させた?」
「オーナー様の予約譲渡メモがありました。それ以前に、雨の中で待たせる理由がないと思いました」
遥壱は彼女を新しいサービス責任者候補に指名した。
加賀見が胸の支配人章へ手を当てる。人事担当がそれを外し、管理端末の権限を停止した。
遥壱は保冷箱を開き、新料理長へ魚を渡す。
店の正面扉が開き、老夫婦が最初の客としてカウンター中央へ案内された瞬間、裏口へ追いやられたオーナーが店のすべてを取り戻し、加賀見だけが客席の外へ出ることになった。