解散時刻二十三時五十九分

能登原遙の腕時計は、解散ライブの途中で二十三時五十九分から動かなくなった。

バンド〈秒針飼育〉の契約は、午前零時に自動終了する。それまで一分でも演奏を中断すれば違約金が発生し、最後の一曲の原盤権は会社へ渡る。社長は、病気で倒れたギタリストを欠いた三人に、十二分の新曲を休まず演奏させようとしていた。

イントロで、秒針の音が百二十BPMに変わる。

「間に合って」

合成音声が細く歌う。遙は倒れたギタリスト、名取からの言葉だと思った。彼は病院から配信を見ると言っていた。四人で零時を迎えれば自由になれる。そう信じて、遙はベースを刻んだ。

Aメロの背景に、病室の心電図が映る。会社は感動演出として用意したらしい。だが波形の時刻表示が、現在より三分早い。名取のベッド脇カメラは、未来の映像を送っているように見えた。

「間に合って」

サビ直前、心電図が乱れた。看護師の姿はない。遙が演奏を止めようとすると、イヤーモニターに社長の声が入る。

――止めたら権利は全部もらう。病院には連絡済みだ。

遙は演奏しながら画面を見た。病室の時計だけが正しい。ずれているのは会場側だった。社長は場内ネットワークの時刻を三分遅らせ、午前零時を過ぎても契約中だと思わせるつもりだったのだ。

ドラムが四拍の休符を入れる。キーボードが時報アプリへ接続し、正確な時刻を会場へ鳴らす。

零時、零分、零秒。

契約終了の通知が三人の端末へ届く。まだ演奏は続いている。社長は主電源を落とそうと走った。

遙は自由になった指で、曲を予定より三分早く終止へ導いた。最後の一音が鳴ると同時に、病室画面がライブ映像へ切り替わる。名取はベッドではなく、救急外来の入口で車椅子に座り、通報を終えたスマートフォンを掲げていた。心電図は事前収録だった。

社長を足止めするため、四人が作った偽の危機だったのだ。

遙は時計を外した。

「間に合って」

それは病院の仲間を救ってくれという願いではない。会社が盗んだ三分に、正しい時刻を間に合わせろという合図だった。