言わなくていい理由
文化祭の女子トイレには、廊下まで列が伸びていた。
舞台発表を終えた私は、友達と話しながら最後尾へ並んだ。
少し後ろに、ダンス部の衣装を着た一年生が立った。紺色のパーカーを腰へ巻き、両手で裾を押さえている。顔は青く、時計とトイレの扉を交互に見ていた。
開演まで、あと五分らしい。
私は理由に気づいた。
自分も中学の修学旅行で、急に月経が始まり、白いスカートを汚したことがある。あのときは誰にも言えず、集合写真から逃げた。
「先に入る?」
小声で尋ねると、一年生は首を振った。
「並んでる人に悪いので」
理由を全員へ説明させるわけにはいかなかった。
私は前の友達へ聞こえる声で言った。
「この子、先生に呼ばれてるみたい。先にしていい?」
友達はすぐに場所を空けた。その前の人も、さらに前の人も、事情を尋ねず一歩ずつ下がった。
一年生は最前列へ着くまで、何度も「すみません」と言った。
「謝らなくていいよ。急いで」
個室から出た彼女へ、私は持っていた生理用品と、衣装を隠せる長いタオルを渡した。
「返さなくていいから」
一年生は泣きそうな顔でうなずき、舞台へ走った。
ダンスは途中からしか見られなかった。けれど最後の列の端で、あの子は誰より大きく笑っていた。
文化祭の片づけが終わるころ、私の靴箱に新しいタオルが入っていた。
小さな紙が添えられている。
〈先にしてくれたことより、理由を言わなくていいようにしてくれたことが、うれしかったです〉
翌週、廊下で彼女と会った。
彼女は友達と一緒だったため、大声で礼を言わず、ただ小さく頭を下げた。私も同じように会釈した。助けた事実を皆へ知らせないことまで、親切の続きなのだと思った。
それからしばらくして、彼女が別の生徒を保健室へ黙って付き添う姿を見た。事情を聞かず、鞄だけを持って歩いていた。
翌年、私は受験の面接前に腹痛を起こし、駅のトイレで列に並んだ。
後ろの女性が顔を見て言った。
「お急ぎなら、先にどうぞ」
私は一度、遠慮しかけた。
それから、素直に頭を下げた。
「ありがとうございます」
親切は、譲る方法だけを教えるのではない。
自分が困った日に、言い訳をせず受け取る方法も教えてくれる。