記憶の保護者欄
十八歳の誕生日、娘の端末に封印記憶が届いた。
〈登録者:母〉
〈封印理由:幼児期の強い恐怖反応を防ぐため〉
〈成人後の開封権:本人〉
「見なくてもいい」
母は言った。
「見ないことを、今度は私に選ばせて」
娘は開封した。
五歳の自分が後部座席で歌っている。運転席の母が、鳴った端末へ一瞬目を落とす。信号は赤だった。衝撃。割れる窓。母の叫び。
娘の左腕に残る傷は、公園の遊具で転んだものではなかった。
映像は病室へ続いた。幼い娘は事故の夢で眠れず、母を見るたび泣いた。医師は一時的な記憶封印を提案した。当時の法律では、保護者だけで同意できた。
母は同意書へ署名していた。
「事故のことは警察にも話した。免許も返した。でも、あなたには嘘をついた」
「守るため?」
「最初は。途中からは、嫌われたくなかった」
娘は端末を閉じた。
「事故より怖いのは、私の記憶を母さんが片づけられたこと」
「うん」
「私が何を感じるかまで決めた」
「うん」
母は弁解しなかった。
テーブルへ小さな鍵を置いた。母が持っていた、娘の医療記録と幼少期ログへの保護者権限だった。
「今日で全部返す。残すか消すか、あなたが決めて」
娘は鍵を受け取ったが、記憶は消さなかった。
代わりに〈共同注釈〉を開いた。過去の映像へ、当事者が現在の言葉を追加できる機能だ。
〈母の記録〉
私は事故を起こした。娘の恐怖を減らすため記憶を封じ、その後、自分が拒絶される恐怖から解除を先延ばしにした。
〈娘の記録〉
私は事故に遭った。母を怖がった。記憶を奪われたことにも怒っている。今日、初めて自分で知ることを選んだ。
「許す、とは書かないの」
母が尋ねた。
「今それを聞くのも、ずるい」
「ごめん」
「でも、事故のあとを話して。映像にないところ」
母は、病室の椅子で三十七日眠ったこと、退院後に娘が初めて手を握った日のことを話した。娘は途中で何度も止め、質問した。
夜明け近く、共同注釈の最後へ一文を足した。
〈家族の記憶は、誰か一人の保護物ではない。傷つけた人と傷ついた人が、同じ事実を別々の痛みで持つことがある〉
過去は修復されなかった。
ただ、もう封印されず、二人の間に置かれた。