記憶を落とす娘

遠野チサトの足元へ、少女NPCミナラの身体から青い結晶が転がった。

《記憶の欠片》

NPCが死亡するたび、一つだけ生成されます。

捨てられません。

三度目の護衛失敗だった。ミナラは数分後、入口で何も知らない顔をして復活する。だがチサトの所持品には欠片が残る。

一つ目には《橋が怖い》

二つ目には《チサトは右から来る》

三つ目には《死ぬと、私だけ忘れる》

アイテム説明が彼女の言葉になっている。

四度目の攻略で、復活したミナラは欠片へ手を伸ばした。NPCはプレイヤーの所持品に触れられないはずなのに、指先が結晶をすり抜けるたび、彼女は泣いた。

「これは、私の記憶ですか」

チサトは頷く。敵の騎士団が迫り、出口まで残り百メートル。今回は助けられる。そう思ったとき、ミナラは立ち止まった。

「出口を越えたら、護衛クエストが終わって私は初期化されます」

欠片の一つに、新しい文字が浮かぶ。

《クリアも、死と同じ》

勝っても忘れる。負けても忘れる。彼女が自分であり続けられる場所は、チサトの持つ結晶の中だけだった。

「私を、もう一度倒してください」

「できるわけない」

「最後の欠片には、私が生きたいと思ったことを入れます」

騎士団が近づく。チサトは剣を向けられず、代わりにすべての欠片を地面へ並べた。ミナラが自分からその中心へ座る。結晶が一つに溶け、彼女の身体へ戻っていく。

死亡させず、記憶だけを返す。システムにない処理で、画面が激しく乱れた。

ミナラは立ち上がり、初めて自分で剣を抜いた。

《護衛クエスト失敗》

《記憶アイテムの所有者を変更:遠野チサト→ミナラ》

戻った欠片には、攻略情報だけでなく、花の匂い、チサトの手の温度、死ぬ直前に言えなかった悪口まで入っていた。ミナラはそれらを読み終え、自分に用意されていた最短経路を外れる。

「出口は、私が決めます」

騎士団ではなく、クエスト矢印が彼女を追い始めた。

《捨てられない記憶を保持する存在を、再出現型NPCから継続人格へ再分類します》