誕生日の検索条件
二十八歳最後の日の午後十一時十二分、紅葉はマッチングアプリの検索条件を開いていた。
年齢、居住地、休日、結婚への意思。白い画面に、人生の希望が細い項目になって並んでいる。
紅葉はこれまで、相手の年齢を二十七歳から三十四歳に設定していた。自分が二十八歳だから、前後が自然だと思った。明日から二十九歳になる。上限を三十五へ動かすべきか、下限も二十八へ上げるべきか。指を置いたまま、決められなかった。
テーブルには、帰りに買った小さなモンブランがある。誕生日だからではなく、消費期限が今日までで三割引だったから買った。細長いレシートには、値引き後二百六十六円とある。冷蔵庫へ入れるほどでもないと思い、夕飯の弁当と一緒に置いていたら、クリームが少し柔らかくなった。
日付が変われば、プロフィールの数字は自動で一つ増える。何もしなくても、昨日まで検索に出ていた誰かの画面から、自分が外れるかもしれない。アプリを始めたころ、二十九歳はもっと落ち着いた年齢に見えた。少なくとも、数字のつまみ一つで迷わないと思っていた。今の紅葉は、洗濯物を取り込まず、明日の仕事用ブラウスを椅子の背へ掛けたまま、知らない人の条件を考えている。
友人からの誕生日メッセージは、日付が変わってから届くだろう。家族のグループには未読が三件ある。開けば母が、また何か送ろうかと聞いているはずだった。
紅葉は年齢のつまみから指を離した。上限も下限も変えず、検索画面を閉じる。
数字を一つ足すたびに、考え方まで大人らしく更新されるわけではない。今日決めた条件が、明日の自分に正しいとも限らない。
モンブランの透明な蓋を外すと、栗の細いクリームが一本だけ蓋側へついた。紅葉はスプーンですくって食べた。零時まであと三十四分。
明日になればアプリの年齢は勝手に変わる。検索条件は、変えたくなった日に変えればいい。二十八歳の最後に何も決められなくても、今日はケーキを一つ食べた。それで十分だった。