赤い荷札
鞍馬維都が倉庫の荷札に赤い一本線を引いたのは、誤配送を減らすためだった。
行き先ではなく積み下ろす順番で荷物を並べ、最後に降ろす箱へ赤線を付ける。単純だが、配送時間は一七%縮み、破損も半減した。運転手の残業は月六百時間減り、塩谷商事からは倉庫増設の相談まで届いた。それを知った武隈は、過去の却下メールを削除し、改善報告書の作成者欄へ自分の名を入れた。
武隈玖郎本部長は成果発表の日、赤いペンを胸ポケットに挿して壇上へ上がった。
「現場感覚を持つ私だから思いつけた改善です」
維都は倉庫制服のまま、後方で立っていた。提案時に武隈から「落書きで物流が変わるか」と笑われたことは説明しなかった。
最大顧客である塩谷商事の昂平社長が、スクリーンに緊急配送の地図を出した。
「では武隈さん。高速道路が二本同時に止まり、冷蔵車一台が故障した場合、どの荷をどこで積み替えますか」
武隈は地図を眺めたまま、一般論を並べた。拠点間連携、柔軟な判断、顧客第一。車両番号も商品の温度帯も口にしない。
昂平は維都を呼んだ。維都は三分で、医薬品を鉄道便へ、冷凍食品を港湾倉庫へ移し、常温品を二便遅らせる案を示した。赤線を二本にするだけで、積み替え担当も迷わない。
「昨冬の大雪で、実際に鞍馬さんがやった手順です」
昂平が言った。
武隈は笑顔を貼りつけた。
「彼女には私の方針をよく理解させています」
昂平は契約書の付属文書を開いた。
「いいえ。御社を選んだのは鞍馬さんがいるからです。私たちは彼女と物流を組み、御社には代金を払っているだけだ」
付属文書には、維都を専任統括者とするキーパーソン条項があった。変更時は、塩谷商事が即日解約できる。年間売上の三割を占める契約だった。
社長はその場で組織図を直し、維都を物流改革室長に据えた。
「武隈君は今後、鞍馬室長の承認を受けて現場改善を進めるように」
昂平が新契約の荷札へ赤線を引き、維都に渡した。その線の向こう側に立たされた武隈だけが、もう荷物の行き先を決められなかった。