赤布を結ぶ枝
倉科景吾は、心霊系ウェブメディアの契約ライターだった。袖裂山の禁足林に入れば一記事三万円。編集から届いた資料は、閉鎖済み登山掲示板の保存ページだけだった。
【地元民です】
赤布は道標じゃない。落ちていても触るな。
《落ちた赤布を枝に結び直してはいけない》
結び直すと、山は「戻ってきた」と判断する。
景吾は記事の導入に使えると思い、画面を保存した。
林の入口には立入禁止の柵があったが、脇は人一人分空いていた。杉の枝には色褪せた赤布が何本も結ばれ、奥へ続いている。結び目はすべて山の外側を向き、布には名前ではなく《息子》《婿》《長女》と続柄だけが書かれていた。景吾は動画を回しながら進んだ。
一時間ほどで道が途切れた。足元に新しい赤布が落ちていた。帰路を見失わないよう、景吾はそれを拾い、目の高さの枝へ一度だけ結び直した。
すぐ横の木々で、布が一斉にほどけた。
何十本もの赤い筋が地面へ落ち、蛇のように景吾の足元へ集まった。布が土を擦る音に混じって、掲示板の投稿者名が一つずつ読み上げられた。最後に景吾の本名が呼ばれると、撮影中のコメント欄へ《おかえり》が同時に百件流れた。彼は撮影機材を捨てて逃げた。柵を越えたとき、結び直した一枚だけが右手首に巻きついていた。ほどいて側溝へ捨てた。
記事は没になった。動画には林ではなく、景吾のマンションの廊下が映っていたからだ。赤布の列が、エレベーターから彼の部屋まで続いていた。
三日後、通販アプリから置き配完了の通知が来た。何も注文していない。配達写真には玄関扉が写り、ドアノブに赤布が結ばれていた。背景はマンションの廊下ではなく、暗い杉林だった。
《お届け先:山側玄関》
《受取人:帰ってきた人》
景吾は扉を開けなかった。管理会社へ電話し、廊下を確認してもらった。担当者は「何もありません」と答えたあと、不思議そうに尋ねた。
「倉科さん、玄関の内側から赤い布が何本も出てますけど、これは触っていいんですか」
通話中、アプリが再び鳴った。
《再配達を開始します》
配達員の現在地を示す赤い線は、山からではない。
景吾の部屋の中を、一周して玄関へ向かっていた。