赤灯が消える七秒前
午前一時五十分。深夜ラジオの終了まで十分、幾島湊生は最後の電話を取った。
「ラジオネーム、ミオ。相談です」
声を加工していても、小田切澪佳だと分かった。二年前まで番組のジングルを一緒に作り、恋人でもあった人だ。
放送事故を防ぐため、スタジオの音声は七秒遅れて流れる。壁の時計と受信機の時計も、わざと七秒ずれている。湊生の前の電話と、澪佳が聴いているラジオの間には、いつも少しだけ時間差があった。
「昔、好きな人と作った曲を、その人が勝手に放送したんです」
「……それで?」
「私は仕事を失った。彼は何も説明しなかった」
問題の音源は、公開前のCMコンペ曲だった。局のプロデューサーがサーバーから抜き、番組で流した。澪佳の勤務先は守秘義務違反を疑い、契約を切った。湊生は自分が持ち込んだと嘘をつき、番組を降ろされた。彼女まで業界から追われないようにするためだった。
「今日、その人が亡くなって、遺書が届きました」
プロデューサーのことだと分かった。
「湊生がかばったって、書いてあった」
放送名を忘れ、澪佳が本名を呼んだ。スタッフが驚いて顔を上げる。
「どうして言わなかったの」
「信じてもらえないと思った」
「私が信じるかどうかまで、勝手に決めたの?」
残り五分。湊生はマイクの赤いランプを見た。
「明日、町を出る」と澪佳が言った。「最後に、本当だったのか聞きたかった」
「本当だ」
「それだけ?」
湊生は答えられなかった。二年遅れの真実を受け取った彼女へ、まだ好きだと言うのは卑怯に思えた。
電話の向こうで発車ベルが鳴る。
「じゃあ、さよなら」
澪佳が切断ボタンを押したあと、七秒前の湊生の声が彼女のラジオへ届く。
「それだけじゃない。ずっと、会いたかった」
だが湊生の回線には、もう無音しか返らない。スタッフが指で、終了まで三、二、一と数えた。
「今夜も、ありがとうございました」
エンディング曲が流れる。湊生は二人で録った古いジングルを再生リストから外し、保存確認の表示で〈削除〉を押した。