赤鉛筆は笑わない
美術史の試験中、日向寺颯香の膝から赤鉛筆が落ちた。
転がった軸には、細かな文字で年代と画家名が書かれていた。
教室に笑いが起きる。学級委員の御影坂美咲が、いかにも心配そうに拾った。
「先生、これ、カンニング用じゃ……」
颯香は赤鉛筆を見たことがなかった。だが机の中からも同じ色の削りかすが出て、教師は答案を取り上げた。
「日向寺さん、美術部だから道具には詳しいと思っていたのに」
放課後の生徒指導室でも、美咲は「試験前に颯香が赤鉛筆を削っていた」と証言した。颯香は黙ってスマートフォンを出す。
「美術室の防犯カメラを見てください」
前月、画材の盗難が続き、部室に小型カメラが設置されていた。試験前の朝、颯香は美術室で展示用パネルを仕上げていた。映像では、使っている鉛筆はすべて青い缶に入っている。赤は一本もない。
その直後、美咲が部室へ入る。颯香が水場へ行った隙に、机から青い鉛筆を一本抜き、代わりに赤鉛筆を筆箱へ差し込んでいた。しかも赤鉛筆を削り、削りかすを小袋へ集めている。
教師は顔をこわばらせた。
「教室の机にも入れたの?」
美咲は否定した。しかし教室後方のカメラには、試験開始前、颯香の机へ小袋の削りかすを入れる姿が映っていた。
颯香は赤鉛筆を机の上で転がした。
「この文字、よく見ると逆向きです」
年代と画家名は、右利きの人が軸を回しながら書いた向きだった。颯香は生まれつき左利き。美咲は右手で鉛筆を握っている映像まで残っている。
美咲は急に泣き出した。
「颯香がいつも一位だから、少し困らせるだけで……」
校長は試験妨害と証拠捏造として処分委員会を開くと告げた。颯香の答案は予備時間を設けて再試験となり、推薦評価への影響は一切ない。
それまで美咲の言葉を信じた生徒たちも、颯香へ小さく謝った。教師が赤鉛筆を証拠袋へ入れ、颯香へ新品の青鉛筆を渡す。
再試験開始のチャイムが鳴った瞬間、赤鉛筆に刻まれた文字は、答えではなく美咲自身の犯行を最後まで書き切っていた。