転送後、恋人は二人いた

火星―地球間転送事故のあと、ティア・セヴァは二人になった。

一人は予定どおり地球へ到着した。

もう一人は火星の送信室に残っていた。

量子状態の消去に失敗し、身体も記憶も完全に同じ二人が生まれたのだ。

二人とも、オルヴ・マイダを恋人だと覚えていた。

事故調査委員会は、地球側を〈到着体〉、火星側を〈残留体〉と呼んだ。

オルヴには、どちらを法的なティアとして登録するか選ぶ権利が与えられた。

「選べるわけない」

彼は画面越しに言った。

二人のティアは同時に眉をひそめた。

怒ると同じ箇所へ皺が寄る。

地球のティアは、オルヴと暮らしていた部屋へ帰った。

火星のティアは、二人で選んだ食卓が地球にあることまで覚えているのに、研究基地の仮室で眠った。

最初の一週間、三人は毎晩話した。

思い出を照合すれば、どちらも正しかった。

初めて会った火星港。

オルヴが指輪を落とした場所。

昨夜の喧嘩で、どちらが先に謝ったか。

違いは事故後にだけ増えた。

地球のティアは雨を見た。

火星のティアは砂嵐を見た。

「今から、私たちは別人なんだね」

火星のティアが言った。

オルヴは、地球のティアを選ぼうとした。

同じ部屋にいて、触れられ、これまでの生活を続けられるから。

だが彼が手を伸ばすたび、地球のティアは火星の自分を置き去りにしている気がした。

「私だけ幸せになると、あの人から恋人を奪う」

「奪う相手も君だ」

「だから無理なの」

火星のティアも、転籍して地球へ来る案を断った。

「三人で暮らせばいい、って簡単に言わないで。私は私を姉妹だと思えない。昨日まで同じ一人だったのに」

事故から一か月後、三人は法的関係の解消へ署名した。

オルヴは最後まで選ばなかった。

二人のティアが、選ばせなかった。

地球のティア:

「私たちの恋は、一人の私と一人のあなたのものだった」

火星のティア:

「今は私が二人いる。どちらかを続きにしたら、もう一人を間違いにする」

オルヴ:

「それでも、二人とも好きだ」

二人のティアは同時に泣き、同じ声で答えた。

「知ってる。だから終わらせるの」

地球のティアは別の町へ移り、火星のティアは外惑星研究隊へ志願した。

二人は事故後、互いに連絡を取らなかった。

同じ過去を持つ別人として、自分だけの記憶を増やすためだった。

数年後、オルヴのもとへ二通の近況通知が届いた。

地球からは、雨の写真。

外惑星からは、青い氷の写真。

どちらにも同じ一文があった。

〈元気でいて〉

彼は返事を送らなかった。

一人の恋人へ書く言葉を、二つに複製したくなかったからだ。

転送機は物質を元どおり再現した。

けれど一人だった人間を二人にした瞬間、元どおりの関係だけは、宇宙のどこにも再現できなくなった。