返し縫いの声

祖母の足踏みミシンを、母と娘で処分することになった。

娘は服飾の学校へ進みたかったが、母は反対している。

「趣味ならいい。でも仕事にはならない」

祖母が生きていた頃にも、母は同じ言葉を何度も聞かされたという。

修理屋でもらった油を一滴差すと、ミシンは返し縫いをしている間だけ話した。

試しに古い布を縫い、レバーを倒す。

「ここ、引っぱりすぎ」

祖母の声ではない。

低い機械音だった。

娘が進学用の作品を縫う。

縫い目が歪み、戻して重ねる。

「同じ場所を、戻りすぎ」

母が笑った。

「機械にも下手って言われてる」

娘は腹を立て、布を投げた。

夜、母が一人でミシンへ向かった。

祖母の古いエプロンを直そうとした。

返し縫いに入る。

「止めた糸、まだ痛い」

母は手を止めた。

若い頃、母も服飾の学校へ行きたかった。

祖母に反対され、家の店を手伝った。

母はその選択を後悔していないと言い続けた。

けれど娘の進路を止めるたび、自分の糸を同じ場所へ返し縫いしていた。

翌朝、母は娘へその話をした。

「だから応援する」とは言わなかった。

学費も、仕事の厳しさも心配だった。

ただ、自分の失敗と娘の未来を同じ布にしないと決めた。

二人で進学費用を計算した。

足りない。

娘は奨学金を調べ、アルバイトも増やすと言った。

母は反対したくなったが、まず最後まで聞いた。

作品を作り直す。

娘が縫い目を戻しすぎると、ミシンは、

「布が薄くなる」

と言う。

母が横から口を出しすぎると、

「手が二つ、方向が三つ」

と文句を言う。

二人は何度も喧嘩した。

それでも作品は完成した。

祖母のエプロンをほどき、一部を裏地に使った服だった。

表からは見えない場所に、三世代分の縫い跡が残った。

娘は学校へ合格した。

ミシンは処分せず、家に置いた。

翻訳油は使い切り、もう話さない。

母は娘の失敗を見ると、すぐ直したくなる。

そんなときミシンの返し縫いを思い出す。

戻ることは悪くない。

ただ同じ傷を何度も縫えば、布も人も薄くなる。

必要なところだけ補強し、次は前へ送らなければならない。