返信欄が一つずれていた
【恒星船間私信ログ/中継器リラ】
送信者――カイラ・メンデ
受信者――ソレン・ヴァク
カイラ:
〈危険な船外修理、引き受けるの?〉
ソレン:
〈やめておく〉
カイラ:
〈よかった〉
二隻の調査船は、一日一度だけ中継器を介して通信した。
カイラは地表植民船へ、ソレンは軌道観測船へ配属されている。
交際は三年。次の分岐点で、どちらかが転籍しなければ、二隻は別の恒星へ向かう。
分岐三日前、船内時計の補正に失敗し、中継器は返信を一つ前の質問へ結びつけ始めた。
カイラ:
〈私の船へ転籍申請を出す気はある?〉
画面に表示された返信:
〈やめておく〉
それは本来、船外修理への返事だった。
カイラは知らない。
ソレン:
〈地表へ行くなら、僕たちは終わり?〉
画面に表示された返信:
〈もう決めた〉
それは本来、カイラが植民計画への参加を決めたという報告だった。
ソレンは知らない。
二人は、それ以上訊かなかった。
拒絶へ食い下がることを、愛とは思えなかったからだ。
カイラは地表植民船の契約へ署名した。
ソレンは軌道観測を二十年継続する申請を出した。
分岐当日、中継器の技師が異常に気づいた。
【修正ログ】
カイラ:
〈私の船へ転籍申請を出す気はある?〉
ソレンの本来の返信:
〈出す。君が地表へ行くなら、僕も行きたい〉
ソレン:
〈地表へ行くなら、僕たちは終わり?〉
カイラの本来の返信:
〈終わらせたくない。あなたと行くつもりで、もう決めた〉
修正版が届いたとき、二隻はすでに方向転換を終えていた。
航路変更には燃料が足りず、接近すれば乗員全員を危険にさらす。
カイラは端末へ額をつけた。
ソレンは制御室の椅子で笑い出し、そのまま泣いた。
最後の通信可能時間は四分だった。
「どうして、確認しなかったの」
カイラが言う。
「君が決めたことを尊重したかった」
「私も」
「似た者同士だな」
「今さら分かった?」
通信遅延が伸び、会話は重ならなくなった。
「好きだ」
ソレンの声が八秒遅れて届く。
「私も」
カイラの返事が彼へ届く頃には、さらに十六秒過ぎている。
画面の向こうで、二人は別々の時刻に笑った。
中継器リラは分岐点を過ぎると停止する。
最後に自動音声が告げた。
〈未送信メッセージが一件あります〉
二人が同時に入力した同じ文だった。
〈一緒に行きたかった〉
送信先は、すでに通信圏外だった。
二隻は別々の恒星へ進んだ。
すれ違ったのは船ではない。
一行ずれた返事と、それを確かめないまま相手の選択だと信じた、二人の優しさだった。