退職証明
斎賀宗一の退職手続きには、花束も送別会もなかった。
四十二年間勤めた精密機器会社では、退職者の脳から「業務関連記憶」を削除することが義務づけられていた。設計図だけでなく、会議、失敗、同僚の顔、昼休みに交わした冗談まで、会社で得た記憶はすべて会社の資産と見なされる。
施術を終えた宗一は、社員証を見ても自分の写真以外に意味を感じなかった。迎えに来た妻から、花束を抱えた人々の写真を見せられても、誰一人分からない。
翌朝、宗一は台所でコーヒーメーカーを分解していた。
「壊れてないわよ」
「音が一拍遅い」
理由もなく指が動き、詰まっていた弁を直した。設計の記憶は消えても、手が覚えた順序までは消えなかったらしい。
数日後、玄関に大きな箱が届いた。差出人は「旧第二開発部一同」。中には真っ白なノートと、短い手紙が入っていた。
〈あなたの記憶は会社のものになりました。でも、私たちの記憶の中のあなたまでは没収されていません〉
ノートの各ページには、知らない人々が一つずつ思い出を書いていた。新入社員をかばって始末書を書いたこと。徹夜明けに全員へ味噌汁を作ったこと。失敗作を捨てず、子ども向けの玩具へ作り替えたこと。
宗一は読み終えても、何も思い出さなかった。ただ、胸の奥が少し温かくなった。
その冬、近所の児童館で壊れたおもちゃを修理するボランティアを始めた。宗一は子どもたちに、部品の名前ではなく、音の聞き分け方や、ねじを締めすぎない感覚を教えた。
ある日、見学に来た女性が泣きながら笑った。
「部長、また『機械は怒らせると黙る』って言いましたね」
宗一には彼女が誰か分からない。それでも、言葉の続きを自然に口にした。
「だから、直す前に謝るんだ」
女性は声を上げて泣いた。
退職によって宗一は、仕事人生を失った。自分が何を成し遂げ、誰に嫌われ、誰に慕われたのかも知らない。
けれど翌週、児童館の入口には、子どもの字で新しい名札が貼られていた。
〈さいがさんの修理室〉
宗一はそれを何度も読み、初めて得た肩書きのように大切に胸へしまった。