退職面談の黒いタイル
退職面談の参加者は、私、人事部長、営業本部長の三人と聞いていた。
だが接続すると、「IT-Help」という黒いタイルがすでにいた。人事部長は、記録保存のための外部支援だと説明した。
私は顧客名簿を持ち出した疑いで、退職を勧められていた。
営業本部長は穏やかな声で言った。
「懲戒解雇にせず、自己都合で済ませたい。君の将来を考えている」
画面には退職届が共有され、署名欄だけが空いていた。
私は署名の代わりに、情報システムから取り寄せたアクセス履歴を表示した。
名簿がダウンロードされたのは金曜二十一時十二分。私のアカウントからだった。しかし同時刻、私は地方支店の会議室で顧客対応中だった。入館記録も、会議室予約もある。
本部長は「遠隔操作したのだろう」と言った。
そこで私はIT-Helpの詳細を開いた。
接続元のメールアドレスは、会社が契約する支援業者ではない。営業本部長が個人的に使っているマーケティング会社だった。
黒いタイルがわずかに揺れた。
「その会社の端末から、私のアカウントへログインされています」
多要素認証の承認先は、本部長の業務用携帯。さらに名簿ファイルの共有設定を変更したのも本部長で、更新時刻はダウンロードの九分前だった。
人事部長の顔から血の気が引いた。
本部長は、私がパスワードを教えたと言い張った。
私はメールのCCを示した。外部会社へ送られた見積依頼に、《退職予定者のIDを使えば監査に出ない》と書かれている。CCには本部長の個人アドレス、BCCの復元欄には、いま黒いタイルにいる担当者のアドレスがあった。
IT-Helpが退出しようとしたが、人事部長が会議をロックした。
黒いタイルの接続履歴には、名簿が持ち出された夜と同じ端末証明書が残っていた。担当者は別人だと主張したが、端末名は請求書に記載された機器番号と一致する。人事部長はその場で監査部へログ一式を転送し、送信完了の表示を全員に見せた。
「この面談は証拠保全に切り替えます」
本部長は机を叩いた。
「退職届はどうする」
人事部長は共有画面から私の退職届を削除した。
「返却します。受理するのは、あなたの辞任届です」