送別棚の次の一冊
「続きは、読み終えてからにしましょう」
書店員の鷺沢千尋は、吉野怜司と本の感想が食い違うたびそう言った。
二人は毎月、入口の小さな棚を一緒に作った。千尋が小説を選び、怜司が帯の言葉を書く。物語の途中で結末を決めつけないことが、二人の暗黙のルールだった。
怜司の京都店への転勤が決まった月、送別棚のテーマは《旅立ち》になった。千尋は明るい再出発の本ばかり並べた。遠距離恋愛の小説には手を伸ばせなかった。
棚を作る夜、怜司は何度もその一冊を候補に戻した。離れた町の二人が手紙で関係を続ける物語だった。千尋は「今月の客層には重いです」と外した。本当は、結末を確かめる勇気がなかっただけだ。
最終週、常連客が二人のカードを見比べて「次のおすすめも一緒に書いて」と笑った。千尋は返事ができず、怜司だけが「もちろん」と答えた。
最終勤務日の閉店後、怜司は棚から一冊を抜き、千尋へ渡した。二人が最初に一緒に売った恋愛小説だった。
「持ってます」
「知ってます。中を見て」
ページの間に、京都行きの指定席券が挟まっていた。日付は一か月後。隣の席には、怜司の名前が印字された帰京用の切符。
「休み、合うと思って」
千尋は切符を戻さず、自分の財布へ入れた。代わりに売場用のカードを一枚取り、赤いペンで書く。
《次のおすすめ担当 千尋と怜司》
《場所 京都店》
「異動したら、共同担当ではありませんよ」
「では、何の担当ですか」
怜司の問いに、千尋はカードを彼の胸ポケットへ差し込んだ。そのまま離れようとした手を、怜司がつかむ。
店内は消灯時間を過ぎている。シャッターの向こうには、送別会へ向かった同僚たちが待っていた。
千尋は握られた手を返し、指を絡める。
「怜司さん。京都で決めます」
「何を?」
「私たちの棚の名前」
彼は笑い、切符の予約画面へ次の月の候補日も追加した。
続きは、読み終えてから。
その夜二人が閉じたのは送別の一冊で、関係の続きは、次の棚へ持ち越された。