逃げた獣と残った三人

魔獣使いのトアが育てた銀狼は、初陣で逃げた。

咆哮一つで怯え、森の奥へ尾を巻いたのだ。護衛対象の馬車は別の冒険者に救われ、トアのパーティーは依頼失敗となった。

ギルド前で、隊長の剣士ヴァレクは受付と話し込んだ。僧侶アネッサは馬小屋へ向かい、双剣使いのピリカは市場へ走った。

トアには分かっていた。契約解除、乗合馬車の手配、後任の魔獣探し。それぞれが自分を捨てる準備をしている。

銀狼の名はネーヴェ。生後すぐ罠に掛かっていたところをトアが助け、半年かけて人の手から餌を食べられるようにした。その半年を、依頼人は『実戦で逃げたなら無駄』の一言で切り捨てた。

ヴァレクたちは反論しなかった。契約金の返却に必要な書類へ署名し、壊れた馬具を片づけていた。トアには、その沈黙がネーヴェと自分をまとめて手放すための静けさにしか思えなかった。

「銀狼を探してから出ていきます」

ネーヴェの首輪には、四人の隊章と同じ青い糸が結ばれていた。トアはそれを外すつもりでいた。

荷物を抱えて裏門へ向かうと、ヴァレクが追いつき、剣帯を外した。

「森では枝に引っかかる。持っていろ」

彼が剣を預ける相手は、これまで誰もいなかった。

馬小屋から戻ったアネッサは、四頭立てのうち一頭だけ鞍を外していた。

「帰りの馬車は三人では出さないよう頼んだわ。狼を連れて戻る席も要るでしょう」

市場から現れたピリカは、生肉を包んだ紙袋をトアへ押しつける。

「逃げた奴を呼ぶ餌。高かったから絶対見つけて」

「でも、私の調教は失敗した」

トアが俯くと、ヴァレクは森へ続く道へ立った。

「初陣で逃げるのは、獣も人も同じだ」

アネッサは灯りの杖を掲げ、ピリカは生肉の包みを半分持つ。

三人とも森へ入るつもりだった。

トアの手にある剣も餌袋も、三人が戻る前提で預けたものばかりだった。

奥でかすかな遠吠えがした。トアは反射的に駆け出し、数歩後で振り返る。

剣を持たないヴァレクも、馬車を止めたアネッサも、泥を嫌うピリカも、すぐ後ろにいた。

銀狼を連れ帰る場所は、もう三人が空けていた。