途中というラベル

依織は、失敗した試作品を誰より早く捨てた。化粧品会社の開発室で、色が一滴濃い、香りが少し残る、伸びが基準に届かない。そんなサンプルを机に置いておくと、自分の未熟さまで透明な容器に入れられたようで落ち着かなかった。

 新しく同じチームになった水瀬薫は、無口な処方担当だった。白衣の胸ポケットに、日付だけを書いたラベルを束で入れている。会議でも発言は数語、昼は屋上で空を見ているらしい。

 依織が三週間かけた乳液を廃棄ボックスへ入れようとした夕方、薫が容器を取り上げた。黄色いラベルに二文字だけ書く。

『途中』

「不合格です。置いても意味ないですよ」

 薫は新しいラベルを一枚、依織の手に渡した。

『捨てる前に、一晩だけ「途中」にする』

「明日見ても、不合格は不合格です」

 薫は答えず、サンプルを冷蔵庫の空いた棚へ置いた。勝手な人だと思った。未完成を残せば、誰かに見られる。質問される。説明できない自分が露出する。

 その夜、依織は家でもサンプルのことを考えた。失敗したものは見えない場所へ片づければ、次へ進めると思っていた。けれど冷蔵庫に残した容器は、終わっていない仕事として頭の片隅に居続けた。不快なのに、なぜか以前の廃棄後よりも悔しさが薄かった。明日確かめられるものが残っているからだった。

 翌朝、容器の底に薄い層ができていた。分離なら失敗だ。しかし振らずに観察すると、上層だけが狙っていた軽い感触を保っている。配合を戻すのではなく、混ぜる順番を変えれば使えるかもしれない。

 薫は隣で記録を取り、何も褒めなかった。依織が見つけたことを先回りして言いもしない。ただ、昨日渡した黄色いラベルの残りを指で示した。

 午後、別の試作で香りが強く出た。依織の手は反射的に廃棄ボックスへ向かう。ふたに触れたところで止まった。

 不合格という言葉なら、終わりにできる。途中という言葉は、明日の自分に続きを要求する。少し面倒で、少し怖い。

 依織は容器を持ち直し、黄色いラベルに日付と「途中」と書いた。今度は自分の手で、冷蔵庫の棚に置いた。