通知表は扇子になる

終業式のあと、教室の扇風機が壊れた。

担任が夏休みの心得を読み上げている途中で、首を振ったまま停止した。三十六人分の「あつい」が重なり、先生は諦めて窓を全部開けた。入ってきたのは風ではなく、運動場の熱気だった。

木賊灯子は、返されたばかりの通知表を二つ折りにし、顔の前で扇ぎ始めた。

「それ、大事なものだぞ」

先生に注意されても、「大事だから有効活用してます」と言い返す。みんなが笑い、僕も笑った。けれど僕の通知表は、鞄のいちばん底に沈めてあった。数学に赤い文字が一つ。父に見せる場面を考えるだけで、夏休みが三日ほど短くなる気がした。

ホームルームが終わると、教室は急に祭りの後みたいになった。机を鳴らし、部活へ行く者、駅へ走る者、旅行の相談をする者。灯子は通知表で扇ぎながら、僕の机に腰かけた。

「顔、死んでる」

「暑いだけ」

「成績悪かった?」

核心が雑すぎて、否定する暇もなかった。

僕が黙ると、灯子は自分の通知表を開いた。国語の欄に、僕より低い数字がある。

「読解力ないらしい。こんなに空気読めるのに」

「今は読めてない」

「じゃ、同点」

何が同点なのか分からないまま、彼女は僕の鞄をつかんで立たせた。校庭の隅では、用務員さんが花壇へ水をまいている。灯子はそこへ駆け出し、ホースの霧へ飛び込んだ。

「ちょ、制服!」

「終業式は終わった!」

水の粒が日差しの中で白く光る。虹らしきものが一瞬だけ見え、近くにいた一年生まで歓声を上げた。僕も引っ張り込まれ、シャツの肩が濡れた。通知表を守ろうと鞄を抱えたまま笑った。

灯子は、少し湿った自分の通知表をまた扇子にした。

「九月には乾く」

「成績は乾いても変わらない」

「夏休みに変えればいいじゃん」

ありきたりな言葉なのに、そのときだけは本当にそう思えた。

校門を出るころ、僕の通知表も鞄から出ていた。二つ折りにして扇ぐと、赤い数字から生ぬるい風が来た。

少なくともそれは、隠しているよりずっと涼しかった。