選ばなかった線

進路相談室の机に、透明な鉛筆が一本置かれていた。

二つ以上の選択肢を書き、望む方へ線を引けば、その選択は必ず成功する。

ただし線を引かなかった選択肢は、二度と選べなくなる。

高校生は、大学進学と就職を書いた。

大学へ線を引く。

翌日、奨学金の採用通知が届き、試験にも受かった。

就職先として考えていた工房は、その年で閉じた。

大学では、留学と国内研究を書いた。

留学へ線を引き、希望した研究室へ入った。

国内に残れば出会ったはずの友人とは、名前すら知らないまま卒業した。

鉛筆は人生を迷いなく進ませた。

仕事、住む町、結婚。

選んだ方はいつも成功した。

失敗はない。

後悔する材料もないはずだった。

けれど夫婦に子どもが生まれ、名前を二つに絞ったとき、手が止まった。

一方へ線を引けば、もう一つの名を呼ぶ未来は完全になくなる。

当たり前のことなのに、鉛筆を使うと、その消失が目に見えた。

子どもが成長すると、習い事、学校、友人関係まで、親に答えを求めた。

「どっちが正解?」

親は透明な鉛筆を見せた。

「成功する方を選べるよ」

子どもは二つの選択肢を書いた。

音楽と水泳。

鉛筆を持ち、長く考えたあと、机へ置いた。

「両方やって、どっちも下手でもいい」

親は驚いた。

自分にはその発想がなかった。

鉛筆を使うたび、成功しない可能性だけでなく、途中で気が変わる自由まで消していた。

仕事で大きな決断を迫られた夜、親は久しぶりに二つの選択肢を書いた。

転職する。

残る。

透明な鉛筆を握る。

子どもが隣で宿題をしていた。

音楽は半年でやめ、水泳も大会へ出るほどではない。

今は絵を描いている。

「決めないの?」

「決める。でも、この鉛筆では決めない」

普通の鉛筆で、両方の横へ小さな丸を書いた。

転職先へ話を聞き、今の職場とも条件を相談する。

迷いながら、一か月かけて転職を選んだ。

新しい仕事は成功が約束されず、最初の年は何度も失敗した。

透明な鉛筆は、子どもの筆箱へ入れなかった。

折って捨てようとしたが、芯まで透明で折れなかった。

そこで額へ入れ、家の壁に飾った。

下には一行だけ書いた。

「選ばなかった道は、失敗ではない」

人生は一本の正解線ではない。

戻ったり、寄り道したり、後から別の色を重ねたりできる余白の方が、成功より長く残ることがある。