遺産はまだ未来

国府田壮介の家系では、六代前の当主がまだ家長だった。

曾々々祖父の国府田玄岳は、不老化以前に建設会社を興し、都心の土地を買い占めた。四百二十一歳になった今も全株式を握り、子孫百三十六人へ部屋を貸していた。家賃は身内価格だと本人は言うが、壮介の収入の半分が消えた。

壮介は壊れた家具を直すのが得意だった。修理店を開きたかったが、銀行AIは担保を求めた。土地も家も工具も、すべて玄岳名義だった。

親族会議で壮介が事業計画を説明すると、玄岳は鼻で笑った。

「私は二十歳で、何もないところから会社を作った」

「僕らには、その『何もないところ』すら残ってません」

部屋が静まった。玄岳の子どもたちは見た目こそ壮介と変わらないが、誰も父へ逆らわなかった。相続は死によって始まる。死がなくなった社会では、財産だけが時間を止めていた。

親族の多くは壮介へ賛成しながら、会議では目を伏せた。玄岳に嫌われれば住居も仕事も失う。死なない家長の機嫌は、一時的な嵐ではない。子孫たちは何世代たっても、食卓の末席から動けなかった。

壮介は翌日、家を出た。捨てられた梱包材で椅子を作り、路上で修理を始めた。許可のない営業だと罰金を取られたが、その罰金さえ払えず、修理で返した。噂が広がり、若い世代が壊れた物を持ち込むようになった。

三年後、玄岳が一脚の椅子を運んできた。会社創業時に使った、背もたれの割れた椅子だった。

「直せるか」

「代金を払うなら」

「身内だぞ」

「だからこそです」

壮介は見積書を出した。玄岳は初めて、孫の孫の孫へ頭を下げた。

修理代の代わりに、壮介は古い資材倉庫の使用権を求めた。玄岳は九十九年契約を提示した。壮介は笑った。

「短期ですね」

結局、契約は更新自由の一万年になった。相続ではない。贈与でもない。初めての対等な取引だった。

倉庫は修理工房になった。看板には〈未来を待たずに直します〉と書いた。壮介は遺産を受け取れなかった代わりに、まだ誰のものでもない仕事を手に入れた。