遺言書_第七項
遺言書、第七項
祖母の遺言書には、家のことより長い一項があった。
〈第七項 飼育中のリクガメ「百々助」は、三人の孫が四か月ずつ交代で世話をすること。引き渡しは必ず対面。十二年間、または百々助の寿命が尽きるまで続けること〉
生越佐枝は、十年ぶりに兄と妹の顔を見た。
三人は祖母の介護方針をめぐって喧嘩し、それきり連絡を絶っていた。財産はほとんど施設へ寄付され、残ったのは三十歳の亀と、妙に具体的な当番表だけ。
「宅配便でよくない?」
妹が言った。
「生き物を荷物にするな」
兄が言った。
「二人とも、そこだけは意見が合うんだ」
佐枝が言った。
最初の引き渡しは、駅前で五分。飼育箱、保温器具、好物の葉野菜、健康記録を無言で受け渡した。
四か月後、兄の記録にはこうあった。
〈食欲良好。左後脚の爪が欠けたため受診。夜、冷蔵庫を開ける音で起きる〉
妹は赤字で返した。
〈祖母と同じ。冷蔵庫の音には敏感〉
その一行から、会話が少しずつ戻った。
百々助が餌を食べない。三人で病院へ行った。
保温器が壊れた。兄が直し、佐枝が予備を買い、妹が祖母の古い毛布を敷いた。
誕生日がわからないので、祖母の命日を「家族記念日」にした。
引き渡しは五分から一時間になり、やがて夕食を囲むようになった。三人は祖母の介護で何が怖かったのかを、初めて話した。誰も祖母を捨てたかったわけではない。ただ、自分だけが背負わされると思い、先に相手を責めたのだった。
十二年目の冬、百々助は佐枝の家で動かなくなった。
兄と妹が駆けつけた。三人で甲羅を撫で、祖母の話をした。楽しかったことも、腹が立ったことも、言えなかった謝罪も、夜が明けるまで話した。
春、三人は遺言執行人へ報告した。
「第七項を終えます」
書類へ署名しようとすると、封筒の底から祖母の追伸が出てきた。
〈十二年たっても三人で会えているなら、百々助の世話は成功。会えていないなら、私の負け。亀は急がないから、あなたたちも急いで許さなくていい〉
妹が泣き、兄が笑い、佐枝は両方した。
百々助のいない最初の四月、三人は駅前に集まった。渡す飼育箱はない。それでも兄は健康記録を持ってきていた。
最後のページに書かれていた。
〈百々助、任務完了。孫三名、飼育継続〉
三人はそのまま、祖母と百々助の墓参りへ向かった。